第389話 目に見えぬ包囲網
◇目に見えぬ包囲網◇
『ねぇ、ちょっと聞こえているかしら。少し厄介なことになったわよ。…あなたたちの囮は無意味なのよ。なんたって勇者には聖女の居場所が分るらしいからね』
俺の耳元にイブキの声が風に乗って訪れる。情報を得ることができて喜ばしいと同時に、勇者にこちらの情報が知られていることに舌打ちをしたくなってしまう。
イブキからの報告を聞いてみれば、竜讃神殿に紛れ込んできた者共を蔵の中にへと閉じ込めて尋問をする段取りは上手く行ったらしい。そいつらが外と連絡を取っているかどうかが不明瞭であったため、タルテの囮に釣り出されてくれたほうが安全であったのだが、こちらに反応をしてくれてくれないのだからしょうがない。
しかしながら、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。彼らは尋問で勇者と連絡が取れないと語ったらしい。尋問もメルルの魔法により順調に進んでいるようで、その手腕を聞けば俺の不在に大活躍しており、少しばかりの疎外感を感じてしまう。それでも、そんな羨ましがる状況などではなく、随分と気を使う会話を現在進行形で繰り広げているようだ。イブキも気疲れをしたような声色になっている。
「じゃあ、俺らもそっちに戻るか?徒労に終わったようだが、まぁこの街の兵士の治療に貢献できたのは、向こうの攻め手を削ぐことにもなるだろ」
俺は風に乗せてイブキに尋ねかける。
『それもそうね…。彼らを捕縛したことは伝わってないはずだけれども、ある意味ではいつ勇者が乗り込んでくるか分ったもんじゃないわ…』
イブキは現状の問題点を再認識するように返答をする。こちらの目標は第一に戦闘を避けてルミエを隠し匿うこと。しかしながら、ピンポイントで神殿に人を送り込んできたため、少し強気に探ってみたところ、まさか向こうにはルミエの居場所を特定する術があるというのだ。
そうなってくると第一目標が破綻していることとなる。既にかくれんぼではなく鬼ごっこが始まっているわけだ。まだこうやって話し合う暇があるのも、向こうが本格的に人員を送り込んできていないからなのだろう。それこそ、態々海賊達を陽動としても用いているあたり、勇者には結構な荒事を引き起こす算段もついているはずだ。
「その辺はまだ情報を吸い出していないのか?今後の襲撃の展望を聞きたいところなんだが…」
『そう簡単に言わないでよ。…奴らの会話から推測した感じ、彼らは聖女を夜を待たずに連れ出すつもりだったみたいよ。だからこそ、このまま日が落ちれば勇者が出向いてくれると思ってるようね』
その言葉を聴きながら、俺は唯一神教会の建物に目を向ける。いまだに姿を見せないが、随分と近い場所に勇者は居ることとなる。勇者はあそこから聖女に向けて人員を差し向けているのだろう。
向こうの手駒の数はいったいどれほどだろうか…。それこそ篭城戦のようになった場合、あの神殿がもつとは思えない。武力的な制圧に対抗できるような造りではないし、何より人員がどう考えても足りないだろう。
「はい…!これで終わりです…!化膿止めが十分じゃないので…、全てが終わったら闇魔法使いに見てもらってくださいね…!」
治療院の雑踏にまぎれて、タルテが治療の終わりを告げる声が聞こえてくる。治療された兵士らしき男は、彼女に感謝を告げると帯刀して再び戦場へ向けて駆け出していく。
…兵士達に助力を請おうにも、どこに彼らの息が掛かっているか分ったものではないし、なにより彼らは海賊への対処で精一杯だ。
負傷した兵士達がひっきりなしに運ばれてきているため、ここいらの区画もだいぶ街の雰囲気が荒れてきている。その不穏な気配はまるで侵食するように街の人々を苛み、周囲を探れば妙にささくれ立った視線がそこかしこから沸いて出ている。
「随分と嫌な雰囲気だ。…その様子見の人員が失敗したと判断されるのに、あまり余裕は無いかもな」
『なによ。奴らを捕らえるのは不用意な選択だったって言いたいわけ?』
「違う違う。単に勇者の陽動が上手く機能しているって話しだ。…どの道、こっちが
未だに勇者とやらの人間性は掴めないが、それでもこの状況を引き起こした奴がどんな風に仕掛けてくるかを、俺は腕を組みながら考える。
今、メルルが尋問を続けてくれているらしいが、彼らは単なる様子見の人員だろう。ルミエを攫えるならばそれで良いし、たとえ失敗しても詰めていく算段があるはずだ。捕らえた奴等が勇者が来ることを待っている節があるため、それは恐らく間違いではない。彼らは助けが来ると分っているのだ。
「向こうはルミエの位置は知れても、彼女の状況までは分っていないんだよな?」
『…そのようね。どうにもよく分らない魔剣?なのかしら?とにかくその剣の能力で探れるみたいなのよね。今、メルルが詳しく聞き出そうとしてるけど…、彼らからすれば知ってて当たり前の情報らしいから難儀してるわ』
…剣で位置が分るってどういう代物なんだ…?柄にモニターでも付いているんだろうか…。剣にいるか?その機能。
少しばかり仕入れた情報を疑いたくはなるが、それが真実ならば俺らは袋のねずみだ。街は封鎖されているため逃げ切ることはできず、どこに隠れようとも向こうには見つけ出すことができる。
俺が奴の立場だったなら…、そうだな。同じように相手の戦力や状況を探るために斥候を送り込むだろう。というか、俺が見に行く。そして、次にやるのは…逃げ場の限られるこの状況なら
そういう意味では神殿に来ていた奴らも勢子を兼ねているのだろう。騒動を起こして神殿から飛び出してくれれば、それをその不可思議な剣とやらで察知して追加の勢子を差し向ける。もしその場にとどまるのならば城攻めの準備をすればいい。
そう考え付いてからはなるほどと納得してしまう。既に街は荒れ始め、そこいらで小さな諍いも起こっている。そしてそれを取り締まっている兵士は海賊のせいで手が回っていない。この状況であれば武装した者達が街を歩いていても紛れることだってできるはずだ。俺だってそれが住人なのか勇者の手先なのか判別することはできない。
「既に包囲網が敷かれている。…このまま安易に潜んで向こうを待っていたらジリ貧だな」
『なに?なにか方針でもあるわけ?…こっちは戻ってきてもらって守りを固めたいところなんだけれども…』
ブルフルスの街は海賊のせいで封鎖されているが、逃げ道が無いわけではない。俺は今後の算段を考えると、イブキに言葉を送ってからタルテの元に詰め寄る。ちょうど治療を終えたところなのでこの場を離れるにしても都合がいい。
「タルテ。次に向かう場所ができた。状況は意外と悪いみたいだから…かなり駆け足で行くぞ」
「…!?は、はい…!わかりました…!」
俺は治療院の手伝いをしているタルテに声をかける。彼女は何かがあったのだと察して、すぐさま席を立ち上がると手早くここを離れる準備を整えた。俺らの様子を見てカプア修道女が心配そうな、それでいてルミエのことを頼むと言いたげな視線を向けてくる。俺とタルテはそれを受けると、足早に治療院を飛び出した。
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