第388話 藪ではなく蔵の中
◇藪ではなく蔵の中◇
「でも、連絡が出来ないってどういうことなんだろうね。…彼らはルミエちゃんを攫ったとして、勇者には会わせずに、どこに連れて行くつもりなのだろう」
彼らの言葉を聞いていたナナが疑問に思ったことを呟く。彼らは勇者とはこちらからは連絡を取れないと言っていた。ならば連れ出したルミエを唯一神教会に連れていっても勇者と会うことだってできないはずだ。
そのナナの口から出た疑問の言葉は、目を閉じて魔法に集中しているメルルの耳にも入り、そして彼女の魔法を通じて蔵の中にへと言葉を変えて伝わっていく。
『…俺は薬ガいつ抜けるカ…分からなイから…、こうなってハ勇者様に頼るしカないと…思ったんダガ…』
『そんなに悪いのか…?あの女、何を塗りやがった。随分と遅いが、もしかして慌てて解毒薬を準備してるんじゃないか?』
『もしかしたら秘密裏に死体を処理する手配かも知れないぞ。…こうなっては致死毒じゃないことを願おうか。ま、致死毒なら即効性のものを使うだろうから、その可能性は低いだろうけど…』
あくまで喋っているのは肩に傷を負った男であるため、直接は聞かずになるべく迂回するようにして、聞きたいことを促すように慎重に話題を選定する。かといって他の男が喋ったように、あまりに時間をかけると別のことに警戒心が向いてしまうだろう。
欲しい言葉を男に語らせる妖艶な魔性の女のような手管だが、あいにくとメルルはそこまで男を手の平で転がすことに慣れてはいない。そんな雰囲気の女性に憧れがあるため、普段は魅惑のお嬢様を演じてはいるが、本性は意外とへっぽこなのである。メルルは魔法よりも会話運びに難儀して、額に汗を滲ませている。
『勇者様ガ来るとすれば…いつになるカ…。このまま放置されるってことはないダロウ?』
『んなこと言ってもよ。勇者様が来るとすれば聖女を地下港に連れて行ったときじゃないか?俺たちだけで地下港に向かったところで、連絡は取れないだろうし…』
『結局は勇者様はあの剣で聖女の位置を見てるだけなんだから、聖女がこの神殿から動かない限りは、痺れを切らして出てくるのを待つしかないだろ』
『…?アの剣?それで位置ヲ…?』
『…どうした?おい、本当に体調は大丈夫なんだよな?さっきから少し変だぞ』
つい男の口から零れ出してしまった言葉に、遠隔操作をしているメルルは顔を青くするが、妙な薬に苦しんでいる状況であるため、なんとか誤魔化すことはできている。海賊の癖して人が良いのか、彼らは男を疑うよりも心配する気持ちのほうが大きいようだ。もちろん、人を強制的に喋らせるような術があるとは考え付かないこともあるのだろうが。
一方、イブキとナナは彼らの口から語られた情報に椅子から軽く腰を浮かしている。何かしらの秘密が勇者にあるとは考えていたが、まさか聖女の位置を知る術があるとは思っていなかったのだ。
失せ物探しや人探しの
だが、だからこそ人探しの術は縁が重要なのだ。家族や恋人、運命の人。むしろ世界がそうさせて逢わずには居られない関係性。そういう間柄でありながら運命の悪戯か別たれてしまった存在を探し出すのが人探しの術だ。
…つまり、使う機会が無いと言っても過言ではない術が人探しの術だ。探すには逢わずには居られないほどの縁が必要で、その時点で態々人探しの術をする必要が無い。強いて言えば迷子の子供を捜すには役立つだろうか。逢うべき運命にあるものは見つけ出すことができるため、運命に任せるよりも早めに見つけ出すことができる。だからこそ呪術の中でも一般的で、 卜占術という地位を確立したのだろう。祭りの時などは占い師が街角で占いの館兼迷子センターを開いていたりする。
「地下港に、位置を知らせる剣?もう少し…もう少しそこを掘り下げなさい…!」
「地下港の場所なら分かるよ。私たちが入国して来た場所だもの。…そっか、彼らはそこからこっそりと入ってきたんだね。それよりも位置を調べる手段があるなら、もっと詳しく聞けないかな。もしかしたら神殿に隠れているのも知られているってことだよね…」
あくまでもメルルを刺激しないように声帯を震わせない囁き声だが、興奮したのか随分と語気を荒くしてイブキがメルルに声を飛ばす。聖女の位置を特定しているのであれば、それは卜占術などではない。勇者と聖女が出会う運命にあるというには、あまりにも彼女達の存在を含め、それを妨害する要素が出揃っているのだ。
『い、いヤ。大丈夫…ダ。少し朦朧としてるダケ…。それで…地下港だったカ…。…そこに聖女ヲ連れて行けバ…勇者ハそこに来る…。……神殿かラ聖女が移動しタから…任務完了…と判断しテ、勇者が来るはずだったヨナ…』
『あ、ああ。大方、今頃教会でのんびり寛ぎながら俺らの仕事の終わりを待ってるだろうよ』
単語を一つ一つ繋いでいくような語り口であったが、会話の節々から推測した情報を元に不自然でないように言葉を組み立てていく。それこそ、コールドリーディングと言われる占い師が習得している技術ではあるが、なまじ本物の占いが存在しているために、この世界の占い師はコールドリーディングを習得してはいない。
そういった手法は存在してはいるのだろうが、技能として確立していないのだ。比較的、旧家系の貴族の回りくどい言い回しに通じるものがあるが、それでも簡単と言い切れるほどのものではないため、メルルは言葉選びに四苦八苦しながら魔法を行使している。
ナナとイブキも表には出していないが、内心ではいつ会話が破綻するかとヒヤヒヤとしている。それでも二人にはメルルのためにできることが無いため、無言で応援することしかできない。まるで自動車免許を取ったばかりの友人の運転する車に乗るようなものだ。二人は助手席ではなく近場の椅子に、先ほど浮かせた腰をゆっくりと降ろした。
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