第387話 眠りのメルル

◇眠りのメルル◇


「…ちくしょう。あの女ども許さねぇ…。聖女だけじゃねぇ、あいつら二人もついでに攫って売り飛ばしてやる…」


 ナナとメルルが蔵から外に出て、縄に縛られた男達だけになったからか、彼らは取り繕うのを止めて恨みの篭った声を吐き出した。警戒するのであれば、たとえ男達しか居なくても演技を続けるべきなのだろうが、捕まってしまったために既に開き直りつつあるのだ。


 演技の解けた男達の顔は、先ほどのメルルの尋問中にしていた余裕のありそうな表情ではなく、随分と焦っているようにも見える。それもそのはずで、彼らにはこの窮地を脱する方法に心当たりが無いのだ。いずれいつまでも仕事を完了しない俺らに勇者が気付いてくれるかも知れないが、それは同時に自分たちの無能を晒すことにもなる。


「しかし、なんでばれたんだ?感付かれるようなことは、まだしていなかっただろ?」


 メルルのことを観察していた男達の目が、今度は仲間内に向けられる。どこのどいつがヘマをしやがったと責めるような視線がお互いの間で交差している。それはある意味で責任転嫁による現実逃避でもあるのだろう。まさかこんな事になるとは思っていなかったために現実から目を背けているのだ。


 もちろん、潜入して聖女を攫うという仕事であるため、何もかもが上手く行くとは考えてはいない。それこそ、戦闘になる可能性も考え服の下にはチェインメイルを着込んできたのだ。だが、まさか行動を起す前に捕まるとは考えていなかったのだ。内情はどうあれ、他の避難者と同じ行動しかしていないのに疑われ容易く捕まったことは、彼らの自尊心を深く傷つけていた。


 早々にばれたのは他の者が失敗をしたから。自分が簡単に捕まったのは、まさかこんな段階で勘付かれるヘマをする奴が居るとは思わず油断したから。そもそも、悪いことを企んでいたとしても、まだ悪いことをしていないのに捕まえるあいつらがおかしい。言葉には出さなくても、そんな考えが男達の間で湧き上がる。


「…そんなこと考えたって仕方、…仕方が無いだろ。…今は…どうやって…この場を…脱出するか…だな…」


 しかし、それは不味いと肩を刺された男が言葉を差し入れる。それは建設的な話し合いをするように促がす言葉であったが、その言葉の意味よりも、その語り口が他の者達を冷静にさせた。普段の彼らしくなく、妙に口ぶりが重く遅いのだ。


「お、おい。大丈夫か?血を流しすぎたのか…!?」


 明らかに肩を刺された男の具合が悪そうであるため、男達は血相を変えて彼の様子を見守る。彼らから見ても死ぬような傷ではなかったから大して心配はしていなかったのだが、その考えを撤回するほどには異様な容態なのだ。


「おそ、恐らく…何か薬を…塗ってやがった…。どうにも…意識が…」


 痛み以外の何かに耐えるように歪んだ顔で言葉を紡いでいくが、それがかえって周囲の心配を煽る。そして、しばしの沈黙の後に男は頷くように顔を下に向けた。


「お、おい…」


「ダ…大丈夫ダ。…少し…気分ガ悪いダケ…」


 他の者が俯いた男に声を掛けると、男は下を向いたまま声を返す。先ほどと余り変わらぬたどたどしい口ぶりではあるが、それでも気を失うよりはいいと多少の安堵を周囲に齎した。僅かに血の蠢く音がした。



『お前ラ…。抜け出せたラ…、勇者のとこにむかえるカ…?』


 風に乗ってナナとイブキ、そしてメルルの元には蔵の中の声が届く。ナナとメルルは蔵を出ると、包帯や止血剤などの手配には向かわずにイブキとルミエの元に戻ってきていたのだ。そして、その部屋から風魔法を通して蔵の中の様子を確認する。


 耳を澄ましている彼女達は何時にも増して真剣味を醸し出しているが、特にメルルの様子は中々見ないものだ。彼女は目を瞑り椅子に深く腰掛け、見ようによっては居眠りしているようにも見える光景だが、この場に居る人間の中にはそんな事を思う者は居ない。なぜなら、漏れ出る魔力から彼女の展開している魔法の規模を感じ取ることができるからだ。


『そりゃ…不可能では無いだろうけど、教会の入り口で止められないか?』


『こっちからは連絡をするなって言われただろ?向こうの教会も全員が味方ってわけじゃないんだろうさ。都合よく助司祭にでも会えればいいけど…』


 刺された男の言葉に促がされるように他の男達は言葉を紡いでいく。その会話を盗み聞きしながら、ナナ達は欲しい情報を仕入れたために小さく笑みをみせた。


「どうやら勇者は教会…、唯一神教会に居るみたいね。…それにしても随分な魔法じゃない。言葉は悪いけど、私は少し恐ろしく思えるわ」


「別に何でもできるわけじゃないらしいよ。本当は操る魔法じゃなくて内側からぶっ壊す魔法だってさ」


「…なお恐ろしいのだけれども…」


 複雑な魔法を行使するメルルの邪魔にならないようにイブキとナナが小声で言葉を交わす。蔵の中の様子を探るのに目は必要としていないため、二人の視線は今もなお目を瞑っているメルルに向けられている。


 メルルが行使しているのは血液感染バイオハザードと名付けられた自分の血を他者の体に流し込み、肉体の内側から破壊するための魔法だ。傷を付けた上で近距離にて時間を掛けて流し込む必要のある酷く使い勝手が悪い魔法ではあるが、装甲点無視という破格の性能を有している魔法でもある。


 そしてなにより、副次的に肉体の制御を奪うことが可能なのだ。もちろん、意志や神経系を乗っ取るのではなく、蠢く血流によって強引に肉体を動かすため、まともな運動をさせることは不可能だ。今だって片手剣に塗った薬によって男の意志を奪うことで何とか行使している状態だ。


 だが、状況さえ整えることができれば、他には出来ない使い方のできる魔法でもある。単に他人を望むように喋らせるだけではあるが、イブキが恐れたように使い方しだいでは大きく状況を動かすことができる。現に今、操られた男によって男達は秘密の一端を口にし始めているのだ。自分の考えていることを他人に話させる力があれば、魔王にだって挑むことができるはずだ。


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