第386話 メルルは告らせたい
◇メルルは告らせたい◇
「それで。神殿にはどのような御用でいらしたのかしら?教えてくださらない?ほら、素直に話していただければ、手荒なことはしなくて済みますわよ」
縛り付けられた男達に向って、メルルは故意に可愛さを押し出すような笑みを作ってそう尋ねかける。しかし男達の反応は乏しく、その作為的な笑みを鼻で笑うだけで何も答えはしない。
彼らは答える代わりに値踏みするようにメルルに視線を向ける。メルルが彼らを取り調べるように、彼らもまたメルルのことを観察して少しでも情報を得ようとしているのだ。ある意味ではお見合い会場のようになった蔵の中で二勢力の視線が交差する。
「海賊…というには少しばかり裏の仕事に慣れているようですわね。沖合いの彼らの仲間であっても、普段している仕事はまったく別の物と言うわけですか」
「…何を言っているのかな?そっちも…随分と手荒なことに慣れているみたいだけど、今更令嬢のように振舞うのは無理があるんじゃないかな」
メルルはあえて大げさに品の良さそうな仕草を振舞っている。そして、男達もイブキが語っていたように海賊と言うには随分と見目がよい。別に絶世の美男子と言うわけではないが、奪うことしか知らぬ賊にしては知的な雰囲気を纏っており、人を威圧するような迫力にも欠けているのだ。
だからこそ、この蔵の中の光景で両者は随分と浮いているのだ。互いが互いに本性を隠しているためか、どこか胡散臭い演劇のような空気すら醸し出している。そしてそれは両者共に明らかにバレてしまっている肩書きをあえて明言していないということも原因だ。
彼らは彼らで海賊の仲間であることを確信されているのは承知しているが、それをあえて肯定することはない。メルルもまた、彼らにはルミエの護衛ということは感付かれていると考えているが、わざわざルミエの護衛だなどと口にすることは無い。
「…先ほどからあなたしか喋らないじゃないですか。他の方はお声を聞かしては下さいませんの?」
「……」
「やめてやってくれよ。彼らは随分とシャイなんだ。恐らく君みたいな美人と向き合うのは随分と久しぶりだから、緊張してしまっているんじゃないかな?」
余計なことを語らないためか、一人を除いて誰も喋ることはない。恐らくは喋っている男がリーダーであり、他の三人はリーダーの男にこの場を任しているのだろう。メルルが他の者に声を掛けても、返事をしてくれるのはリーダーと思われる男だけだ。
本来であればこういった聞き取りは対象を別々にしてから尋問することが定石だ。それぞれが語る内容で真実と嘘の整合性が取れる上、他の者が自白しているのではないかと対象者の猜疑心を刺激することができるからだ。
しかし、残念ながら個別に尋問できるほどに蔵は広くはないし、別の建物に移すにしても危険が付き纏う。せいぜい、その辺に仕舞われている板や布で間仕切りをするぐらいが精一杯だ。だがそんな間仕切りをした程度では、禄に個別に隔離することもできないためやる意味がない。むしろ、多少なりともパーソナルスペースを確保できるため、拝殿の方に避難して来ている本物の避難者にこそ必要だろう。
「もう…!ならあなたでいいですわ…!…それで、素直に語ってくれるつもりはありますか?残念ながら治療師は海賊騒動のせいで出払っているようなので、ここで怪我をしても大した治療はできませんことよ?」
「…語るも何も、何を語ればいいんだい?あいにくと身に覚えがないから君が何を求めているか分からないな。別に愛を語れという訳じゃないんだろう?」
メルルは腰元から抜いた片手剣の切っ先を男に向けるが、男はおどけるだけでまともに返答をしたりはしない。それどころか、女性の求める話題が分からないだなんて心苦しいよと、やたらわざとらしく嘆いて見せている。
既に自分たちの正体について確証をもたれていると分かっているからか、男は一般人を装って無実を訴えかけるのは止めて、煙に巻くように言葉を紡いでいく。時間稼ぎのつもりか、少しでも優位に立とうとしているのか、会話の流れを自分の元に置こうとしているのだ。
「…えい!」
「あ、もう刺しちゃうの?」
まるで話をするのが面倒臭くなったかのように、唐突にメルルが男の肩目掛けて片手剣を突き立てた。それを見ていたナナは、随分と展開が早いなと呆気に取られた様にして思わず言葉を口に出した。…残念ながら男達の着ているチェインメイルはベストのように袖の無い形状であるため、メルルの突き立てた刃を防ぐことはしてくれない。
「ッ!?…グゥッ…!…い、いつか女に刺されるとよく言われていたけど、まさかそれが今になるとはね…」
このような状況に置かれた時点で、先ほどナナに受けたように暴力に晒されることは覚悟していたのか、男は痛みに顔を顰めているが演じているであろう性格を崩さずに言葉を返して見せた。急所ではないがそこそこの深さの傷のようで、片手剣が引き抜かれると同時に血が溢れ出す。それは男の服を赤く濡らし、チェインメイルまで染み出すとそこに赤い膜を作り出した。
「そ、それでも…もっとこう…、刺す前に何かあると思っていたよ。段取りとか計画性とか無いのかな?…優しさが欲しいわけじゃないけど…、…君って自分勝手ってよく言われるでしょ」
「あら?これでも私は気を使うタイプですわよ?何せ仲間に糸の切れた凧と頑固一徹、そしてアンチェインという自分勝手三人組がおりますので…」
男は強がって見せているが、あまりにも唐突に暴力が襲ってきたからか、慌てながらも、なじるようにメルルに文句を吐き出す。それをメルルは不服だと唇を突き出しながら答えてみせた。…実際、彼女は気配りもするし面倒見も良い。少し前もお菓子を食べて口周りを汚していたアンチェインの口を甲斐甲斐しく拭っていた。
「ねぇ。どうする?包帯ぐらいは持ってきたほうがいいかな?」
「…そうですわね。些か深く刺しすぎてしまったようです。血ぐらいは止めないと後で困りそうですわね…」
頑固一徹と評された少女が、それが自分のことだとは思わずに治療について提案する。それを聞いたメルルは真っ赤に変わった男の肩口を確認すると、ため息をつきながら面倒臭そうにそう呟いた。
彼女達は男達が確りと縛られていることを再度確認すると、二人して蔵を後にする。
…側から見れば、男の言うように計画性の無い場当たり的な行動に見えるだろう。しかし、実際には彼女は謀もするし企みもする。片手剣を刺された男の肩口では、彼の血に混じって彼の物ではない血液が密やかに蠢いた。
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