第385話 さぁ、捕まえた

◇さぁ、捕まえた◇


「な、なあ…。これは一体どういうことなんだい?何か、思い違いをしているんじゃないかな。俺らはここに荷物を運びに来ただけで…、なにもやましいことなんてしちゃいない」


 薄ら寒い蔵の中で、縄で縛られた男がそう呟いた。周囲を照らすのは、随分と頼りない蝋燭の明かりだが、その明かりの中でも男の顔が酷く歪んでいるのが見て取れる。


 その顔の歪みはナナが捕縛時に穿った腹部から来る痛みによるものか、あるいは捕まるという失態によるものかは分からないが、別にどちらでも構わないと言いたげに、声を掛けられたナナは無視をして彼らの身に着けている物を調べている。


「あら、先に始めてしまったのですね。どうです?何かありましたか?」


 その場を後にしたテルマ神殿長と変わるようにして姿を現したのはメルルだ。ルミエの守りがイブキだけになってしまうが、神殿の腹の内にあった不安要素はこうやって拘束されているため、彼らの内情を探るためにメルルもここに駆けつけたのだ。


 メルルが来た事で、改めてナナはメルルと一緒に捕まえた四人の男の人相を確認していく。ここに勇者が含まれているのならば不安要素が一気に減るのだが、そうは上手く行かないようで、イブキの齎した勇者の情報とは四人とも一致していない。


「…またえらく若いお嬢さんが来たな。なあ、何でこんな事をするんだ?…君らは神殿の者じゃないよね?」


 目線を合わされたことで先ほどの男が再び口を開く。


「さっさと終わらして戻りましょうか。ここは埃が多いので、長くは居たくありませんわね」


 しかし、メルルのナナと同じように男の発言を無視して彼らの身に着けているものを調べ始める。いきなりどこぞの誰かと聞いても答えてくれるような輩でないと考えているため、まずは所持品を調べて情報を得ようと選択したのだ。


 尋問して素直に答えてくれないのなら拷問という手法もあるが、拷問には拷問官という専業の者がいるように中々に高度な技術だ。それこそ、騙す意図がなくても痛みから逃れるために適当なことを語ることもあるのだ。メルルは実家の家業のおかげで多少の知識はあるものの、十分といえるほどに技能を修得しているわけではない。


「…君たち。随分と勝手をするじゃないか。…財布を求めているなら外套の内側に入っているよ。生憎とそこまで太った財布ではないのだけれどもね」


 まったく無視をされているのに男はめげずに二人に語りかける。先ほどの言葉も、今の言葉も二人の目的や立ち居地を探るような言葉が含まれている。彼らは捕まってしまった現状においても、自分たちのことを探ってきている二人を逆に探ろうとしているのだ。


 だからこそそれに気付くことができたメルルには、彼らがやはり一般人ではないとの思いが強くなる。もとより、盗み聞きをしていたイブキのお墨付きがあったため疑ってはいなかったのだが、自分の識別眼でも彼らが黒いと判断することができたのだ。


 先ほどの無視した言葉に従うように、メルルは彼の外套を調べる。もちろん、何かが仕掛けられている可能性があるため、不用意に手を入れたりはしない。慎重に外套入っている物を確認すると、意外にも彼の言うとおり財布が出てきた。ついでに太っていないというのも証言どおりだ。中には小銭しか入っていない。


「随分と時化ていますわね。…スリ対策の囮財布でしょうか?」


 侘しい財布の中身を一瞥すると、メルルは続いて彼の懐を探るようにして服を捲くった。さながら本命の財布を探すような行為に見えたが、実際にはハルトが耳にした音の原因を確認するためだ。


 チャラリと服が捲くられた拍子に男の着込んでいたチェインメイルが音を鳴らす。ナナの打撃の前には全くの無力な品ではあったが、刃物を防ぐには十分に強固な造りの品だ。


「あー、海賊が攻めて来ているから、念のために着てきたんだ。これでも唯一の防具でね。…通気性が良すぎて、まったく暖かくないのが玉に傷だけど」


 見られたくないものを見られたからか、男は気まずそうに目線を逸らしながらも言い訳を述べる。確かに非常事態に武装するのはおかしな話ではないが、避難先でも着込んでいるのは少々不自然だ。金属で作られているだけあって、板金鎧ほどではないが中々に重いのだ。まるでこの神殿の中にいても安全が確保されていないと言ってるようなものだ。


 次々に残りの男達の懐を開けばそこには同じチェインメイルが顔を覗かせる。そこまで手が回らなかったのかご丁寧に同じ拵えのものだ。お揃いコーデを見られたからか、男達は平静を装うとしてもどこかばつが悪そうだ。


「……」


「あら、お喋りは終わりでしょうか。それとも女の子の相槌が無いと喋れない性質でして?」


 もとより家族単位で避難してきている者が大半の中、彼らは男四人組で避難して来ている。それだけでも異様なのに、服の下にこんな物騒なお揃いコーデを着込んでいたとなると、何を言っても違和感が残る。


 もちろん、四人で義兄弟の契りを交わしているだとか、四人とも同じ鎧の卸問屋の店員だからなど言いようはまだあるだろうが、それで納得させられる状況にはないと察して先ほどまで喋っていた男も口を噤んでいる。


「こっちは終わったよ。…全員調べたけど、誰もギルド証の類を持っていないね。彼らはどこの誰なんだろう」


「あら、それは余りにおかしいですわね。お金もギルド証も持ってきていないだなんて。もしかして、避難ではなく単に拝礼しに神殿に来たのかしら?」


 一頻り四人の男を調べ終わったナナがメルルに声を掛けた。予想していたことだが、彼らは身分を証明するものを身に着けていない。チェインメイルを着るほどに状況を警戒しているのに、金目の物と身分証の類を持ってきてはいない。むしろ、後者の方が避難してくるうえでは重要な物のはずなのに。


「……」


「語らないつもりですか。まぁ、それでも構いませんわ。もとより、情報の引き出しはできればの話。悪い子は蔵にしまっちゃうことに致しましたの」


 結局は外部に情報を持ち出されるのが困るのだ。なればこうして長時間にわたって拘束する準備をすれば、彼らの動きを封じることができる。


 定時連絡をしている可能性もあったが、そこはイブキが既に調べている。彼らはここに来てから一度も外と連絡を取ってはいないし、彼らが問題なく任務にあたっているか確認している観測者もいない。だからこそ、直ぐに追加の人員が送られてくることは無い筈だ。


 後はじっくりと時間を掛けて彼らを調べればよい。そう微笑みながら語るメルルは、蔵の中でするには不気味なほど不釣合いな優雅な動作で男達の対面に腰を下ろした。


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