第383話 確殺仕事人

◇確殺仕事人◇


「ごめんなさいねぇ。手伝ってもらって…。こんなときのために色々用意はしてあるのだけれども、いざ使おうと思っても奥にしまってあるせいで私の力じゃ取り出せないのよ。こういうことは慣れていなくて駄目ね」


 実際の性格はどうあれ、か弱く非力な老女であるテルマ神殿長が数人の男達を率いるようにして竜讃神殿の回廊を進む。その様子を窓越しに見張るイブキの目は鋭く、彼らが不穏な行動をとろうものならトリガーに添えられた指が即座に反応するだろう。


 また、その男達の後ろには距離を開けて後をつけているナナも控えている。メルルはルミエの護衛のために応接室に留まっているものの、ナナとイブキが見張っている状況下であれば、テルマ神殿長の安全は十分に確保されているはずだ。


「…いえいえ。こうやって避難させて頂いているのですから。力仕事でも何でも手伝いますよ」


「そうそう。それこそこんな場合なのだから、皆で力を出し合って乗り越えましょう。慣れていないのはいいことですよ。こんなこと、本当なら起こるべきではないんだ」


 男達はにこやかにそう答えるが、テルマ神殿長が手伝ってもらうべく声を掛けた際には非常に面倒臭さそうな顔をしていたのだ。それこそ、神殿のことを探っているのだから注目されたくないし、よけいな作業をまわされたくないと表情が物語っていた。


 しかし、その作業内容が敷地の端にある蔵から避難者用の物資を運び入れることだと聞いて、彼らの手の平は簡単に回転した。神殿の中を自由に動き回れるような言い訳に使える作業内容であったため、一気に乗り気になったのだ。


「…海賊でしたっけ?まだこの辺りにはその情報は出回っていませんが、それが本当なら南区は大変でしょうね」


「え、ええ。こっちに避難して来て驚きましたよ。皆さんは不安がっていますが、どこか平穏を維持していますから。南の方は間近で戦闘が引き起こっているということで、だいぶ混乱していますよ」


 テルマ神殿長が語りかければ、男の一人が澱みなく言葉を返す。その言葉が示すのは、彼らは単なる南区からの避難者だ。男共の小集団ということを除けば、不自然な箇所は無い。


 面倒なことに、彼の言うとおり避難してきた者の多くは南区に住居を置く者達だ。南区は商業区画であるために、そこに住んでいる者は一時的な借家住まいであったりとブルフルスの住民としての郷土心が薄い。


 それこそ、神殿の建立している北区は住宅街となっており、そこに住まうものはブルフルスを故郷とした人間ばかりで、竜讃神殿の崇めるサンリヴィル河と言う名の水龍を産土の神とする者達が多数住んでいる。だが南区は郷土愛の乏しさゆえかそこまで熱心な信者は多くなく、彼らもそれ以外の避難してきた者にも、神殿の者に顔を覚えられているほど熱心な信者は少ないのだ。更に加えれば、どこぞの都会のように近所に住む者同士でもほとんど交流をしない個人主義の者達ばかりだ。


 だからこそ、避難してきた人々が本当に南区に住んでいるかは誰にも分からない。テルマ神殿長がそれを探るかのような言葉を投げかけるが、それを先ほど答えた男が澱みなく答えている。


「…随分と演技が上手いみたいね。彼らは本当に海賊なのかしら…」


「わざわざ別行動で街に引き入れた者達ですもの。恐らくは勇者にとっても精鋭である者を回したのでは?確かに随分と品が良さそうなのは認めますが…」


「神殿長…大丈夫ですかね…。わざわざ神殿長が案内しなくてもいいのに…」


 神殿長専用の応接室に潜んだ三人は、窓から外の様子を窺いながらそう言葉を漏らした。応接室と男達が歩く回廊は距離があいているため、まともにその姿は見ることができないが、イブキが風を使って会話を他の者の耳にも届けることによって、多少なりとも状況を把握することができている。その会話を聞きながら、イブキとメルルは彼らの正体を明らかにするべく頭を悩ました。


「そういえばそんなことも聞いたわね。たしか勇者組みとか勇者派閥だとか言ってたけど…、要するに勇者の直属で動く者達よ。彼らは商会の顔として働いていると聞いていたけど、こんな後ろ暗い仕事も回されているようね」


「ある意味、彼らが居るから勇者達は単なる海賊じゃないということでしょうか。彼らはそれこそ海賊というより、裏社会の人間のような空気を感じますわ」


 そもそも海賊には潜入して目標を探るといった業務内容は存在しない。やっていることもそれに従事する姿も、海賊と評するには無理がある。メルルの脳内には唯一教会の暗部の可能性や、それこそネルパナニアの工作員の可能性もあるといった考えが浮かび、それを吟味するかのように風の運ぶ会話に耳を傾けている。


「…そろそろ蔵に到着するわよ。あの子一人で足りるかしら?言い出したのは私なのだから、なんなら手伝いに向かうわよ」


「ハルト様のいない今、あなたが私達の目なのですから動かないで下さいまし。確かに少々厄介そうな輩ですが、完全なる奇襲が許された状況でナナが遅れを取るわけがありません。…ナナは妖精の首飾りで一番の戦巧者ですわよ?」


 ピンと立てた人差し指を口元に添え、片目を瞑って見せながら、メルルは自分のことのように幼馴染を自慢する。


「あら、てっきりハルトがリーダーをしているのだから、彼が参謀かと思ったわ。同じ種族だからと肩を持つわけじゃないけど、彼も中々やるんじゃない?」


 少々不味い状況を助け出されたばかりとあって、イブキは本人の目が無いことに託けてそっと肩を持つ。しかし、もちろんメルルもハルトのことを評価しているがそれ以上にナナも評価している。


「確かに普段はハルト様がリーダーとして指示を出していますが、ハルト様は持っている情報と手札が多いタイプの人間です。ナナはどちらかと言うと、定石の手札を淡々と素早く確実なタイミングで切っていくことが上手いタイプ…。もし全員が同じ手札で勝負をする場合、一番強いのがナナという話ですわ」


 たとえ負けの目が多くてもどうにかして勝ち筋を探し出すのがハルトであれば、ナナは勝てる勝負を確実に勝つ人間とメルルは評価している。ちなみにタルテは極上のハイカードだ。彼女がいるだけでたいていの勝負は有利に運ぶことができる。


 そんなことを考えながら、テルマ神殿長に案内されるがまま男達は蔵へと足を踏み入れた。そして、その様子を後ろから確認していたのか、遅れて後を追っていたナナが蔵へと侵入する。


 そして、大きな物音も悲鳴も無く、ただ少しばかりの地響きに似た振動が走った後、ナナから終了したとの声が風に乗って三人の耳にへと届いた。


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