第382話 吉兆示す破邪の剣

◇吉兆示す破邪の剣◇


「勇者殿。聖女の居場所が分かりましたぞ。なんと、治療院にて怪我人の治療に勤しんでいるとのことです。例の海賊どもに街を襲撃させていることには身が縮む思いですが、まさか彼女を引っ張り出すためにも機能するとは…」


 唯一神教会の一室。ノードリム助司祭に与えたられた広々とした執務室の中で、この部屋の主たるノードリム助司祭が、来客用のカウチに寝そべるように座った青年に声を掛ける。彼はその声を聞いてはいるものの、どこか浮ついたような態度で聞き流しているようにもみえた。


 唯一神教会に勇者と定められ、ノードリム助司祭の手引きで秘密裏にブルフルスに侵入した彼は、ここで寛ぎながら一緒に密入国してきた配下の者を動かしているのだ。


「…それさぁ。本当なの?騙されてるんじゃないだろうね?僕がブルフルスまで来ていることはばれていない筈だけど、もしかして何かを感ずいて炙りだそうとしているのかな…」


 青年は随分と大人びたルックスなのだが、その口ぶりや佇まいはどうにも幼さを感じてしまう。黙って紅茶でも嗜んでいれば大人びた印象を周囲に与えるのだろうが、背もたれに体重を預け手元で落ち着きが無く自分の装備を弄っている様は、幼さに加え態度の悪さも周囲に与えてしまう。


 そして彼は、手元で弄っていた自分の装備である片手剣を手癖の延長のような動きで鞘から抜き放った。そして指先に剣の柄尻を乗せ立たせるように持ち上げてみれば、剣は不思議と踊るように彼の目の先で揺れて見せた。


「ひぇ…ッ!」


 いきなり片手剣が鞘から抜き放たれたため、ノードリム助司祭は肩を竦めながら小さく悲鳴を上げる。しかしその悲鳴は反射的なもので、ノードリム助司祭は直ぐに落ち着きを取り戻す。刃物になれていないからビックリしてしまっただけで、何故勇者がその片手剣を抜いたのかを理解しているのだ。


 ノードリム助司祭は怯えてしまったことを取り繕うように喉を鳴らすが、勇者はその姿を軽く嘲るように鼻で笑って見せた。


 しかし、二人の視線は直ぐに片手剣へと向う。片手剣はグラディウスと呼ばれる肉厚で幅広の両刃の剣だ。そしてとりわけ特徴的なのは、その幅広の鎬地に見慣れぬ文様の刀身彫刻が施されていることだろう。鎬地は黒く染まっているにも関らず、平地と彫刻の溝は紫金色の光沢が鈍く光っている。年が経つほど強固になると言われる古き合金、フォシルナイトの特長だ。


 肉厚幅広の剣は、見掛けからしてそこそこの重量があるはずなのだが、勇者の指先で揺れる様はまるで軽い細枝のようだ。今もなお、まるで意志があるかのように怪しく踊っている。


 そして剣先が回るように揺れると、そのままバランスを無くしたかのようにして倒れこむ。片手剣は柄尻が指の上に乗っているだけなので、通常であればこのまま床に目掛けて落下するのであろうが、不思議なことに剣が落下することは無かった。


 地面と水平になるまで傾いた片手剣は、柄尻と指先が触れているだけにも関らず空中で静止しているのだ。まるで重力を忘れたかのように、あるいは磁力のような見えぬ力で固定されているかのように、剣は空中で傾いたまま止まってみせたのだ。


「ほら見てよ。さっきと向きは変わらない。治療院のある方角もこっちであってるのかな?」


「…いえ、その方向は竜讃神殿ですな…。治療院は光の女神の教会と闇の女神の教会の間に建っておりますので、もっと西の方角にあるはずかと」


 剣先が倒れた方向を見てノードリム助司祭は気を落とし、勇者は呆れたように溜息を吐き出す。


「ほら。それなら治療院に居るっていう情報は間違いでしょう。その情報を持ってきた者はちゃんと顔まで確認したのですか?」


 勇者は傾いた剣を再び弄ぶように回してみると、そのまま流れるような動作で鞘の中へと納めて見せた。


「…そこまでは何とも。…となると、聖女はまだ竜讃神殿に居ると…。…その剣が指し示すのなら間違いはないでしょう」


「ま、個人を特定するような使い方は初めてだけど…、僕と聖女のつながりは深いはずだからね。それこそ、あなたから聖女の話を聞いてからというもの、永遠と同じ方角を指し示してきたんだ。今更運命が変わることはありえないよ」


 勇者は得意気に顎を上げて見せるが、ノードリム助司祭の視線は勇者が鞘に納めた片手剣に注がれている。鞘も剣身同様、華美ではないが細やかな装飾が掘り込まれており、それが特別な剣だと主張している。


「まさしく神の導きを示すというわけですな。まさか星地開闢付言録にも登場する吉兆示す破邪の剣アガスティヤをこの目で拝めることになるとは…」


「…海賊には勿体無い神器だどでも言いたげだね。…それこそ、教会の中にもコイツを狙うものが居るから、この剣は聖女を指し示すんだろうね。聖女が居れば僕が簡単に死ぬことはなくなるさ」


 ノードリム助司祭が欲を隠さずに吉兆示す破邪の剣アガスティヤを見詰めるものだから、牽制するように勇者が睨む。それに気付いたからか、再びノードリム助司祭は取り繕うように喉を鳴らして見せた。


 その反応に一様は満足したのか、勇者はカウチに身を沈めながら退屈そうに伸びをして見せた。


「はぁ…。ま、直ぐにでも送り込んだ奴等が聖女を連れてくるでしょ。そうすれば、そのままあなたも僕と一緒にネルパナニアの教会本部に移動だ。あまり変な気を起さないようにするんだね」


「それはそれは。早く聖女が見つかることを願うばかりですな。私も働いた甲斐があったというものですよ」


 この街から離れて本部へ移動できると明言されたからか、ノードリム助司祭は釘を刺されていることにも気がつかず、機嫌が良さそうに笑って見せた。


「なんなら三角測量をしてみる?そうすれば方角じゃなくて位置まで分かるんだけれども。…陸の人は灯台や星を使って自分の位置を調べたりしないから知らないかな?」


「星を見て海を渡ることは知っておりますが、計算方法までは流石に…」


 勇者は暇を潰すように部屋の中を移動しては、吉兆示す破邪の剣アガスティヤを抜いて方角を調べ始める。彼からしてみれば、船旅でもこうやって複数の目的地を指し示しては自己位置を計算していたのだ。その作業は非常に手馴れている。


 そして、やはり聖女は竜讃神殿に潜んでいると確証を得たため、そこに送り込んだ仲間が上手く攫ってくることを想像して、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて見せた。


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