第381話 龍のお医者

◇龍のお医者◇


「はい…!治りましたよ…!もし眩暈など貧血の症状がありましたら…、向こうで増血薬を貰ってください…!」


 傷を負ったために運ばれてきたであろう傭兵や兵士をタルテは手早く治療していく。完全に魔法のみで治療すると急速な回復によって患者の身体に負担が掛かるため、普段のタルテは基本的に魔法による治療は必要最低限ですまして薬草を多用する。


 しかし、今治療している傭兵達はすぐにでも戦線に復帰すると聞いているのだろう。いつも以上に魔法で完治させ、薬も増血薬程度しか処方していない。だが、だからこそ傷など無かったかのように治った患部を見て、傭兵や兵士達は腕が良く、ついでに美人の治療師だと騒いでいる。


「…随分と回復が早い。それに患者の魔法抵抗も上手くいなしていますね。ルミエも随分と才能のある子でしたけれども、彼女もかなりの腕前なのでは?師はどなたなのでしょう…」


 タルテの腕前に目を見張っているのは彼らだけではなく、俺の傍らに立って彼女の様子を見守っているカプア修道女も同じだ。彼女はタルテの治療師としての力量に感心し、感嘆するように言葉をこぼしている。


「タルテはもともと治療院で光魔法による治療を学び、狩人となってからも一時は現地治療員辻ヒーラーのような活動をしてましたからね」


 傷ついた人間がいれば放っておけないのがタルテだ。彼女は狩り場で傷ついた者が居れば、それが別のパーティーの者であってもかまわず治療してしまう人間だ。…俺らのパーティーに入る前は、それで変な風に目を付けられていたが、それでも彼女はそのスタンスを曲げることは無かった。


「あそこまで治療のできる子が狩人になるのもそう多くはありませんよ。なにせ治療師として食べていける腕前ですからね。これからも彼女と狩人として過ごすのならば、大切にしてあげてください」


 カプア修道女はタルテのような存在は稀有で有り難いものだと、俺に対して言い聞かせるように語り掛けてきた。


 光の女神の教会はタルテが語っていたように戦場に身を置くために戦闘能力を鍛えていたりする。タルテがそうしている様に、鍛錬のために狩人として活動する修道士は居ないわけではないが、それでも複数のパーティーで取り合いになるようなレベルの人材だ。もとより魔法使いしか居ない贅沢なパーティーではあるが、その中でも治療も戦闘もできるタルテは取り分け貴重な存在だ。


「嬢ちゃんありがとよ!これでまたあの海賊共を討伐しにいけるぜぇ。しっかり追い返してくるからよ。嬢ちゃんは街の中で安心しててくれよな」


「…海賊が来ていると聞いてますが…、大丈夫なのでしょうか…?」


「心配いらねぇよ。妙にしつこい奴らだが、この街が落とされるほどじゃねぇ。…俺はちょっくら欲く掻いて突出しちまったのよ。いわば名誉の負傷だな…!」


 治療した兵士は傷が治ったことで機嫌が良く、口もそれに合わせて軽くなっている。タルテはそんな彼らから会話をしながら情報を引き出していく。…メルルであれば上手い具合に演技をして会話から欲しい情報を引き出すのだが、タルテはそんな器用なことはできない。しかし、それでも前線に出向かなければ知りえないであろう情報が軽くなった彼らの口から漏れ出してくる。


 …口の堅い指揮官レベルの人間は現地に向った治療師が対応しているのだろう。この治療院に向わされている人間は、比較的下級の兵士や傭兵のようで守秘義務は装備していないらしい。


「それで、情報を回してくれるとの事ですが…、どうするつもりですか?」


 俺はそんなタルテの様子を遠巻きに眺めながらも、カプア修道女に本来の目的を尋ねた。


「もう既に手配していますよ。この治療院は光の女神の教会と闇の女神の教会の共同経営ではありますが、竜讃神殿は完全に部外者です。だからこそ、竜人族の少女を手伝いに回してくれたお礼を言いに向わしています」


 人手が足りない状況だが、それでも治療師ではない教会関係者には多少の余裕がある。カプア修道女はその内の一人を竜讃神殿に行かせたらしい。もちろん、その過程で竜人族の少女が治療院で活動していると漏れるようにだ。


 その情報を耳にすれば、ルミエのことを知らない人間はもちろん知っている人間であっても、光魔法を使える竜人族の少女なぞルミエぐらいしか居ないのだから、ルミエが治療院で活動していると勘違いすることになるだろう。


『…イブキ。聞こえるか?そっちの状況を確認したいんだが…』


 俺は声送りの魔法を構築すると、イブキの風と接続して彼女に向って語りかけた。


『ええ。聞こえてるわよ。…こっちの状況はね。なんて言ったらいいのかしら…変わりないと言えば変わりないし、反応があったといえば反応があったわ』


 風に乗ってイブキの声が返ってくるが、妙に歯切れが悪い。


『…?緊急事態って訳じゃないんだな?何かあったのか?』


『逆よ。大して何もなかったの。…タルテが彼女の代わりとなって治療院で活動している話はこっちの神殿にも届いているわよ?その話は例の怪しい奴等の耳にも入っているはずなのだけれども…ここから離れる気配が無いのよ』


 イブキは予想を裏切った結果につまらなそうな声を出している。俺としても少なくとも数人はこっちの様子を確認するために人を回すと思っていたのだが、誰も拝殿から動いていないらしい。


 かといって彼らを疑うのは思い過しではないようだ。イブキが彼らを見張っていたところ、彼らは神殿の状況を探るように、不自然にならない程度に活動範囲を広げているのだとか…。


『おかしな状況よね。ルミエが神殿に居ると確証があるみたいよ。…かといって確証があるにしては神殿の探し方に方向性が無いというか…。ほら、ここに彼女が居ることを知っている人間なら、神殿の中のどこに居るかも知っているじゃない?でも、彼らは神殿に居る事は分かっていても、神殿のどこにいるのかは分からない。そんな感じなのよ』


『それでも、目当ての人間が別の場所に居るって聞けば、確認しに来ないか?…そいつらの目的はルミエじゃないのか?』


『それは違わないわ。ルミエが治療院にいるって聞いて、彼らは熱心にそれを詳しく聞きだそうとしてたのよ。でも、結局は行動に移さないでここに居座っているの』


 どうにも予想と半端に合致している状況に何かを見落としているように思えてくる。彼らの会話を盗み聞きしているイブキ曰く、彼らがルミエの確保を目的としている予想に間違いはなく、ただそれでも行動が妙に不自然な点が垣間見える。


『彼らには別のアプローチが必要かもね。…あなた達は折角外に出たのだから、もう少し街の状況を探ってもらえるかしら』


 向こうの動きがこちらの予想をある意味では超えてきているため、先んじて動くことは不可能だ。されども、このままじっとしていればいずれ彼女の潜むところまで彼らの手が届くことになる。それをこちらで処理をすると宣言するようにイブキがそう声を送ってきた。


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