第380話 これから一緒に治しに行こうか

◇これから一緒に治しに行こうか◇


「あはは…窓から飛び出ちゃいましたね…。神殿長さんが怒ってますよ…?」


 苦笑いと共にタルテは神殿の方を振り返る。そこの窓には既に仲間の姿は無いが、風でイブキとは繋がっているため、何かあれば直ぐにでも声が飛んでくることだろう。地に足をつけたタルテは竜鎧の尾を服の下で左右に振るように動かしながら周囲の状況を確認した。


 俺はタルテと共に宗教施設が集まっている円形広場にへと足を踏み入れる。街は警戒態勢に移行しているようだが、意外にも人通りは皆無という訳じゃない。背後の神殿の向こう、北部の住宅区域は外出禁止令が出ているように人通りがめっきりと減っているが、唯一神教会の向こう側、街の中心部は慌てたように行き来する人の姿がちらほらと見える。


「兵士に、役人に、ついでに商人か。緊急時に素直にじっとしている奴等は少ないみたいだな」


「港が襲われてるから…、船乗りさんたちも慌ててるんですかね…?」


「というか、何が起きてるかを探ってるんじゃないか?関所が通行止めとなると、彼らもたまったものじゃないだろう」


 タルテは俺が情報を持ってきたからこそ海賊が来ていることを知ってはいるが、まだなにがブルフルスに起きているか把握している者の方が少ないだろう。だからこそ、関所が閉ざされた理由を確かめるために方々へと使いを寄越しているのだ。


 もちろんそれは単なる好奇心で動いているのではない。港に停泊していた商船は直接的な被害を現在進行形で受けてはいるが、港を利用していない商会であっても関所が閉ざされている時点で結構な被害を受けているはずだ。


 たとえ物品などが損なわれていなくても、今日稼ぐ予定であった金が稼げなくなると損をしたと考えるのが商人だ。もちろん気分だけの問題でなく、人件費や維持費はこのような状況下でも発生してしまっている。関所を通る必要がある貿易商はもちろんのこと、街の住人を相手にした商売であっても警鐘が鳴らされたことで客足が止まってしまっているため、慌てて対応に借り出されているのだろう。…前世でも停電があると工場の被害額が莫大なものになっていたことを思い出してしまう。


「光の女神の教会は…忙しそうですけど…特にこれと言って問題は無さそうですね…。怪しい人は居ますか…?」


 宗教施設が集まっている円形広場に来た俺らは、そのまま足を止める事無く、竜讃神殿の窓から遠巻きに様子を窺っていた光の女神の教会へと近づいていった。光の女神の教会にも竜讃神殿のように避難してきた者の姿が見えるが、この地ではやはり土着の宗教である竜讃信仰が根強いのか、竜讃神殿ほどの人影は見られない。


 それでも、念のためにと俺は風で避難している者を確認するが、特に不自然なところは見られない。…てっきり敵は光の女神の教会と竜讃神殿の両方に人を送り込んでいると思ったため、予想が外れたこととなる。


 昨日までルミエが匿われていた光の女神の教会には手を回していないということがあるだろうか?少なくとも竜讃神殿の避難者に紛れ込ませていた人員を一人か二人ほどこちらにまわしてもおかしくは無い筈だ。


「特に怪しいやつは…居ないみたいだ。そもそも武装しているどころか、どう見ても戦えそうにない人ばかりだ。そりゃ、身を守るに不安があるから避難してきたんだから当たり前だよな…」


 大半は子供を引き連れた女性や老人。幾人かは戦えそうな者の姿もあるが、そう多くは無いため注視して探ってみるが不自然な挙動は見られない。


 …もしかして、竜讃神殿に来ていた者達も俺の思い違いだろうか?…いや、イブキも警戒していたとなると、怪しいことには間違いないはずだ。


「教会側の人たちが少ないですけど…、治療院に詰めているみたいですね…。それでハルトさん…どこに行きましょうか…?」


 タルテは光の女神の教会と闇の女神の教会の間に建てられている治療院を軽く覗き込むと、問題は無さそうだと確かめてから安堵する。ルミエには問題ないと言ってはいたが、彼女もまったく心配していない訳では無かったようだ。


 そして、自身の心配事が片付いたため、次なる行動指針を相談するように俺に尋ねかけた。これが囮捜査でないのなら、アクセサリーショップや甘味処に足を運ぶのだが、今回はそういうわけにも行かない。敵の目線を引きつつも、ルミエ役として自然に振舞う必要があるのだ。流石に警鐘の鳴った街でデートをしていたら不自然極まりないだろう。


「あら…?ハルトさんと…タルテさんかしら?…護衛はどうしたのです。まさか…!?ルミエは攫われたのですか…!?」


 俺がプランを考えていると、タルテが覗き込んでいた治療院からカプア修道女が姿を現した。彼女は妙なものを見るような目でタルテの格好を確認していたが、それよりもルミエのことが心配なのか、問い詰めるようにして早歩きで俺らとの距離を詰めてきた。


「い、いえ…!違いますよ…!ルミエさんは安全なところに居ますから…!私達は…そのぉ…」


 両手の平を見せるようにして上半身を仰け反らしたタルテがカプア修道女を宥める。そして、行動の理由を話していいのかと俺に窺うように視線で問いかけてくる。…カプア修道女は確実に味方といえる数少ない人間であるため、俺は周囲に声が漏れないようにしながら現状の説明をする。


「ええと、竜讃神殿にも光の女神の教会のように避難してきた者が詰め掛けてきているのですが、そこに怪しい輩が混じってまして…」


「…分かりました。今からソイツを、これから一緒に殴りに行けばよいのですね」


「違いますから最後まで聞いてください」


 腕まくりして拳をツンと伸ばしたカプア修道女を、押し留めるようにして落ち着かせる。別に殴りに行くお誘いのためにここまで来たわけではない。何故こうも光の女神の教会は拳の信頼度が高いのだろうか…。


 確かに俺も、もう考えるのはめんどくせぇと言いながら殴って解決したいとは思っているが、ここで殴りに行けば竜讃神殿にルミエを匿っていると教えることとなってしまうのだ。折角、内密に匿えている可能性があるのだから、そこは秘匿しておきたい。


 だからこそ、カプア修道女に奴等を竜讃神殿から引き剥がすため、ついでにどう動くのか対応を観察するために、タルテがルミエの代わりとなって出歩いていることを説明する。それを聞いたカプア修道女は納得したように頷くと、それならばと言ってタルテに向き直った。


「ちょうど治療院で手が足りておりません。タルテさんも我が教会の信徒なれば、治療はお手の物でしょう?手伝ってもらえないでしょうか。…そうすれば、あとはこっちの者を使って上手い具合に話を流してみせます」


「え…?いいのですか…?危なくなるかも知れませんよ…?」


「こちらとしても助かりますので。もし誰かがあなたを狙って攻めてきたとしても、治療したての兵士や傭兵も揃ってますので、彼らを使って強制回復と戦線復帰による擬似波状攻撃をすることだってできます」


 竜讃神殿から目を逸らすために、光の女神の教会でタルテを預かってくれないかとは考えていたが、そこではなく治療院で活動することをカプア修道女が進めてくれた。


 タルテは巻き込むことに後ろめたそうにしていたが、カプア修道女もルミエを守りたいのか決定したと言いたげに俺らを治療院へと促がした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る