第379話 竜人族に変わる龍

◇竜人族に変わる龍◇


「…聞こえたわよね?音は拝殿の方から聞こえて来ているわ。避難民ってのは武装しているのかしら」


 イブキの問い掛けが、何を俺とイブキが感じたのかを周囲に教えることとなる。彼女達は警戒を引き上げながらも、騒ぐ事無く静かに拝殿の方向の様子を確認する。一方、避難民のことを聞かれたテルマ神殿長は質問に答えることは無く、一体何を聞いているのかと怪訝な顔をしている。


「武装ですか…?いえ、そもそも彼らは戦える方々ではありませんので…。もしかして避難してきた方々が自己防衛することを期待しているのですか?…それは余りに酷なのでは…」


 避難民の武装状況を尋ねたからか、テルマ神殿長はてっきり戦いとなったときに彼らの戦力を当てにしていると思ったのだろう。彼らは戦えないからこそ避難してきたのだと諭すようにイブキに説明をする。


 しかし、イブキもそんな事を望んで尋ねたのではない。彼女の耳はテルマ神殿長の話を聞きながらも、その大半は拝殿の状況を察知するように注意を向けている。


「なら、おかしいわね。私には避難民の中に武装している者が混じっているように思えるわ」


 同意を求めるようにイブキが俺に視線を投げかける。俺も彼女の聞き取った音は認識しているため、俺は頷きながら聞き取ったものを皆に伝える。


「…ああ。たぶん鎖帷子だな。動くたびにチャリチャリと音が鳴ってやがる。それも一人や二人ではなくて数人が下に着込んでいるみたいだ。…ブルフルスでチェーンの下着が流行っているなら話は別だが、あまりにも不自然だな」


「…通気性は良さそうだけど、吸水性は最悪ね。私はゴメンしたいわ」


 俺とイブキが聞き取ったのは鎖帷子を着込んだ者達の立てる音だ。今はその者達を監視するように風を展開しているが、彼らは避難をしてきた者達の中でもわざわざ固まって動いている。その様子を含めても彼らの存在は単なる避難してきた者と一括りにするには無理があるように思える。


 音を聞きとることができないナナとメルルとタルテも、俺とイブキの話を聞いて避難してきた者の中に勇者か或いはその仲間が紛れていると理解したのか、拝殿の方に険しい目を向けた。


「でもハルト。始めに勇者たちが来るとすれば光の女神の教会じゃなかったの?…見たところ向こうは平穏そうに見えるけど…」


 そう言いながらナナは窓から光の女神の教会を確認する。兵士のために治療師を派遣しているからか、そういった騒がしさはあるものの、光の女神の教会では争うような気配は無い。側から常に俺も観察はしていたが、忍び込もうとしていたり遠巻きに観察しているような者も見つけることができないでいる。


「確かに光の女神の教会は問題無さそうだが…、何処かからか話が漏れたか、或いは竜讃神殿に入るところを見られていたのかもしれない。どの道無視する訳には行かないだろ?」


 そこだけは唯一の不可解な点だが、かといって避難してきた者に紛れた不穏分子を放って置くわけにも行かない。


「それはそうですわね…。…ですが迂闊に打って出れば此方に匿っていると宣伝するようなもの。できれば穏便にルミエの存在を隠し通したいところですが…」


 もし彼らが勇者とその仲間たちで、ここには探るために訪れているのなら、下手に戦いを仕掛けるのもルミエを匿っていると教えるようなものだ。…俺がこっそりと出向いて秘密裏に処理してこようか…。それにたとえそれが厳しくても、勇者が混じっているならその様子も探っておきたい。


「…あの…!私が囮になりませんか…!?神殿の服を着て神を隠せば…多分騙せるんじゃないかと…!」


 この場を皆に任せて俺が出向こうかと考えていると、タルテが名案を思いついたと言いたげにそう呟く。彼女はそのままルミエから巫女服のフードを借り受けると、それを頭に被って見せた。


 タルテの稲穂のような金髪は纏め上げることで布の下に隠れ、ルミエの角が出ていた穴からはタルテの巻角が外へと飛び出している。そしてタルテには尾はついていないが、彼女には生きた鎧リビングメイル手甲ガントレットがある。


 手甲ガントレットと言ってもそれは通常形態に過ぎず、タルテの魔力と共振することで本来の姿へと変わる機能を有しているのだ。


 タルテが手甲ガントレットを手に付けると軋みを上げながら変形、拡張していく。そしてタルテを覆うように広がった鎧は、褪せた金色の尾を形成する。竜鎧と呼ばれるように、それを身に纏ったタルテは羊人族ではなく竜人族にしか見えない様相だ。唐突に龍の姿となったタルテにルミエは興奮したように目を瞬かせた。


「す、凄いです!これが龍…」


「…確かにこれならば、竜人族にしか見えませんわね。あの司祭や助詞祭が相手でなければ騙せる可能性も高そうですわ」


「それに鎧を纏ったタルテちゃんなら危険な囮も任せられるね。最も頑丈な存在だもの」


 意外にもナナとメルルは好意的にタルテの変装と囮を用いる作戦を評価する。囮は危険な行為だとは分かっているが、タルテの防御力に対する信頼性が彼女達をそうさせるのだろう。


 ルミエの容姿を説明する上で、最も分かりやすくて伝えやすいのが竜人族と言うことだ。そして写真が無いこの世界であれば、会った事が無い者にはルミエの容姿を知る機会が無い。だからこそ竜讃神殿の巫女服を着た竜人族に見えるタルテが出歩けば、面識のある者以外は簡単に騙されることになるだろう。


「いいんじゃないかしら。…それに着いて行くつもりなんでしょう?たとえ戦力を分散することになっても、私とあなたが別れていれば、即座に連絡を取れるから悪いことにはならないはずよ」


 流石にタルテ一人に出歩かせるわけには行かないため、俺が着いて行こうかと悩んでいると、それを見越してかイブキが言葉を投げかける。


 イブキの言う即座の連絡手段とは、風魔法を使った相互の声送りのことだ。互いが互いの風を感じ取ることができるため、ブルフルスの街程度であれば、どこにいても即座に話をすることができるのだ。だからこそ、もし想定外の事態が発生した場合でも、直ぐに連絡をして合流することもできるはずだ。


「それで行くか…。他はルミエの護衛を頼む。俺とタルテが外に出て引き付けるから、状況がどう動くか教えてくれ」


「えへへ…それじゃ…護衛お願いしますね…!」


 方針を決めると、タルテはルミエに予備の服を借りて即座に着替える。そして俺は着替えたタルテを小脇に抱えると、窓を開けてそこから外に飛び出した。


 背後からはナナとメルル、そしてルミエの安全を願う声が届き、遅れてテルマ神殿長の溜息が風に乗って聞こえた。


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