第377話 まだ見ぬ勇者

◇まだ見ぬ勇者◇


「ところで、勇者自身の情報はないのかな?できれば人相ぐらいは知っておきたいのだけれども」


 これからの行動の指針を練ろうとしていたところ、ナナがイブキに向って呟くように尋ねかけた。ナナの疑問はもっともなもので、俺らは誰も勇者の顔を知らないし、なによりその人となりすら把握できていないのだ。


 唯一神教会は武力を手元に置くために勇者という名前を与えることでその存在を身内に組み込むと聞いた。だからこそ、勇者も戦える人間だとは思っていたのだが、その武力が勇者が率いる海賊団のことを指すのであれば、勇者自身は戦える人間とは限らないのかもしれない。


 話を聞く限り、イブキも勇者とまみえることは適わなかったようだが、なにか情報を持っていないかと、ナナの質問に続くようにして、俺は視線で尋ねかけた。


「そうね…、裏取りした情報じゃないのだけれども、とある傭兵が言うには優男らしいわよ。髪は金髪、目はブラウン。…残念ながら人相図は無いけれども、側から見れば海賊団の団長というより、それこそ商会の御曹司のようだと聞いているわ」


 とある傭兵とは、イブキが言っていた協力者とやらだろうか。イブキは懐から手帳を取り出すと、そこに書き綴った調査情報を読み上げるようにして俺らに伝えてくれた。まだ纏め切れてないからか酷く情報が散見しているが、だんだんと相手取っている勇者という存在が浮き彫りになっていく。


 イブキは話しながら、俺らは聞きながら手元にある情報を整理する。どうにも特異な存在らしくて、いまいちはっきりとしない所もあるが、少なくともネルパナニアの方では広く知られているらしい。それこそ見目がいいので、教会の方でも広告塔がわりに勇者を利用しているそうだ。


「…まだ若いんだな。こんな海賊の長を張っているから、てっきり結構な年齢と思ってたんだが…」


「そうですわね…。私もそこに違和感を感じます。話を聞く限り、その海賊団も有象無象の集まりと言うよりは、下賎なれど歴史のある集まりにも思えます。…野盗などは時勢によって小さな火が集まり瞬く間に大火となることもありますが…、船団を組織している彼らにそれを当てはめるのは、随分と乱暴じゃありませんこと?」


 俺の発言に乗っかるようにして、メルルも自身の感じてた違和感を吐露した。唯一神教会が表立って起用しているだけあって、ネルパナニアで活躍している勇者とやらは清廉潔白で武勇を誇る好青年との評判だ。しかし、その情報を俺らに齎してくれたイブキ自身が海賊の首魁が勇者だと述べている。


「単純な話よ。勇者はあの海賊を率いているけど、創設者は勇者じゃないのよ。…私が潜入した島には勇者が居なかったって言ったでしょ?変わりに別の人が中心となって指示を飛ばしていたのだけれども…、船の中じゃ随分と不満を垂らしていたわ。ま、動けない船旅ではいい暇つぶしになったけどね」


 そう前置きを述べてから、イブキは船の中で盗み聞きした海賊団の内情と勇者の存在を絡めて語っていく。…そういえば、俺がイブキを助け出したとき、あの船の甲板から血走った目を俺らに向けていた年嵩の男がいた。周囲のほかの船員が彼に付き従うように振舞っていたことからして、彼がイブキの話の男なのだろう。


 イブキを間に挟んで語られるその男の愚痴は、古今東西の常套句の一つとして存在する昔は良かったという言葉から始まっている。彼は海賊団の昔を懐かしみ、今の海賊団の在り方には納得がいっていない様だ。


「勇者のことを若と言っていたり、先代って言葉も出てきていたし、まず勇者が初代じゃないことは確定的に明らかよ。それでね、彼の口からは唯一神教会と繋がって勇者となった若様の不満が随分と出ていたわ」


「あの…その人は唯一神教会がお嫌いなのでしょうか…?」


「流石にそこまでは分からないわ。ただ、教会が嫌いと言うより、勇者になったことで海賊じゃなくなった若様が気に食わない感じだったわ」


 お茶菓子を食べ終わったタルテがイブキに尋ねるが、イブキも漏れ出ていた会話を耳にしただけなので、その者達の内心までは推し量れない。


「つまり、勇者は海賊団の跡継ぎのボンボンってことか?…実力主義じゃなくて、家族継承ってとこまで、単なる海賊らしくは無いな…」


「ちょっと。変に侮って油断しないでもらえる?…話はここからなんだから。問題は勇者の実力なのだけれども、これが厄介なことに魔法使い…たとえ違ったとしても魔剣や神代遺物アーティファクトを使用している可能性が高いわ」


 勇者を語る上での前置きを話し終えたからか、重要な情報を口にした。その言葉にナナやメルルが驚いたように目を見開く。その驚きは勇者が特異な能力を備えていることに対してか、あるいはそんな重要な情報を先に伝えなかったイブキの言動にたいしてだろうか…。


「…睨まないでもらえる?私だって今しがた気が付いたんだから。…いま話した勇者の代理として船団を率いていた男なのだけれど、ハルトは見たかしら?彼が使っていたのは魔剣よ。ま、そこまで強力なものではないのだろうけど…、彼が使っているということは勇者にそれは必要ないという訳よね」


「つまり勇者の代理…、副リーダーなのかな?その人が魔剣を使っているなら、上司である勇者は能力なり魔剣なり、それを凌ぐもの備えているってこと?」


 …確かにありえそうな話ではある。これが貴族であれば護衛騎士に魔剣を下賜して本人は武装しないこともありえるが、勇者は一応海賊である。本人に武力の才が無いから譲っただとか、自分は戦うつもりが無いから武装しないなどとは考えないだろう。…あの代理の男の個人所有の魔剣という可能性もあるが、それこそ個人所有を認めるなど海賊らしくない。


 もとより油断するつもりは無かったが、勇者は何かしらの能力を持っていると考えたほうがいいだろう。状況によってはルミエを逃がすためにそれを突破する必要も出てくるはずだ。


 その警戒心を僅かに刺激するように、この部屋へと向ってくる足音を察知した。俺とイブキが揃って顔をあげ、風魔法使い達の挙動に気が付いた他の者も反応を示す。そして、ルミエ以外が俺とイブキの見詰める先に注意を向けると同時にその足音の主が扉をノックした。


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