第376話 勇者の手先の海賊団
◇勇者の手先の海賊団◇
「…おかえり。警鐘の理由を探りに行ったのに…、どうやったらイブキちゃんを連れて帰ることになるわけ?」
俺とイブキの心配はよそに、神殿の中は多少は騒がしいものの特に異常事態などは起こっておらず、彼女達は無事な様子であった。それこそ、荒事には慣れていないであろうルミエを落ち着けるためか、彼女達はテーブルの上にお茶や茶菓子を広げてお茶会を開催しているようだ。
その甲斐あってかルミエはタルテと一緒に
「それで、イブキはサフェーラのお遣いでしょうか?何か彼女からの伝言が?」
思いがけず姿を現したイブキを見て、メルルが質問を投げかける。彼女は世話を焼くように菓子パンで汚れたタルテの口を拭っているが、その視線は鋭くイブキの方に向けられている。
「似たようなものだけど、貴方達と合流したのはたまたまよ。ま、同じ件に関ってることは否定しないけれども…」
イブキはメルルの視線を浴びるように手で自分の髪をかき上げる。彼女は俺にそうしたように自分の依頼内容と、集めてきた情報を彼女に開示する。彼女達は海賊が迫っていることも初めて知ったようで、眉を潜めながら話に耳を傾けている。
俺もそうだったが、彼女達も勇者という奴のことは殆ど知識が無い状態であった。そのため、勇者という存在がまさか海賊の親玉とは思わなかったようで、イブキの話を聞いて怪訝な顔をしている。
「ハルト。その、海賊が襲ってる港の方は大丈夫なの?テルマ神殿長も言ってたけど、警鐘が鳴るのはかなり珍しいんだよね」
「俺が見た感じ、戦況は防衛側…ブルフルスの方が優勢だったな。海賊は上手くやっても停泊していた商船を奪うのが精一杯って感じだな。結構な規模の海賊団だが、それでもこの街を落とそうとするには数が足りないんじゃないか?」
ブルフルスの街は都市国家を名乗るだけあってかなり堅牢な造りだ。そうそう街の中に海賊が雪崩れ込むことは無いだろう。せいぜいが港を荒らされ船を持つ商会が犠牲になる程度だ。
…だからこそ随分と大胆な行動だ。都市国家であるブルフルスを襲うということは、僻地の漁村を襲うのとは訳が違う。彼らも本気で国獲りに来ているわけではないのだろうが、だからと言って冗談では済まされない。
この商業都市国家であるブルフルスはどうであるかは分からないが、普通の国であれば面子を守るためにも躍起になって彼らを殲滅するだろう。イブキの齎した船の強奪やルミエの誘拐をするにしても、あまりにリスキーな行動だ。…商人が運営する都市国家であるため、舐めてかかっているのだろうか…。
「…勇者は考えなしか…、あるいは危険を楽しむ
「もしかしたら、こんな事をしても無事で済む腹積もりがあるかも知れませんわね。イブキが話したとおり、有力者ともだいぶ繋がっているのでありましょう?」
「この街の為政者や…、もしかしたらどちらかの国のお偉いさんかもしれないね。ハルトが言った様に、これだけ堅牢な街なんだから、手に入れたい人間は沢山居るでしょ」
メルルとナナの言葉を聞いて、このブルフルスの成り立ちを聞いたときのことを思い出した。
もともとブルフルスが街となる前は、この地は単なる戦場だ。むしろ火種と言ってもいいだろう。国境が明確に制定されるようになるまでたびたび争っていたこの地方は、結局は大河を越えての軍の展開が困難と言うことで、自然とサンリヴィル河が国境となって落ち着いた。しかしそれ故に国境のど真ん中にある巨大な中洲の支配権を巡って、燻るように二国間では火花を散らしていた。
それでも、結局は単なる中州である。どちらの国もその土地が絶対に欲しいというよりは、相手側に奪われたくないといった思いが強かったのか、完全な中立地帯として存在が許されていた。
…そこを最初はどこぞの漁師が魚を売るために使い始めた。単純な話でどちらの国にも属していない中州であれば、両方の国の者を客として相手取ることができるのだ。もちろん、褒められた行為ではないが、たかだか漁師が魚を売るぐらい多めに見られていた。中立地帯であるためどちらの国も表立って規制することもできなかったこともあるのだろう。
そうして、不安定な立ち居地ながらも、ブルフルスの中洲は発展し始めた。漁師の露店から始まって、簡易的な休憩所。そのうち二国間を行き来する貿易商も利用するようになり、発展を重ねていく。つまり、二つの国が感知していない間に、勝手に発展し勝手に出来上がった街がブルフルスなのだ。
「昔の何にも無かったていう中州ならまだしも、今みたいに要塞化したブルフルスであれば、重要度が段違いって訳か…」
国境に要塞を建てるというのは難しい。なぜなら相手側の国が何かにつけて邪魔をしてくるからだ。もし相手側の国が、攻めにも守りにも有利になる要塞の建設を黙って見ているほどのお人好しならば、そもそも要塞は必要ない。
ブルフルスは中立地帯というバランスの中で奇跡的に成立した要塞でもある。だからこそ、どちらの国も勝手に育って熟れた果実が欲しくてたまらない筈だ。…もし海賊が街を落としたのなら救援を口実に実効支配もできる。逆に上手く行かなくても、この街の防衛能力を確認する事だってできるだろう。
「もちろん、この街の有力者が他の商人を蹴落とすために誘った可能性もありますわ。襲う船を選り好みするだけで内部工作をしてくれるのですから、海賊だって乗らない手はないでしょう。そもそも、勇者に声を掛けたのもこの街の助詞祭ですから…」
「そういえば、似たようなのを彼らは持ってたわ。ほら、海の上って国境が無いじゃない?だからこそ海の上での行為を保証するっていうか…。唯一神教会が発行したものだったけど、文面だけ見れば海の上で何をしても唯一神教会の名において免責されるとか馬鹿みたいなことが書かれていたわ」
思い出したように語るイブキが説明したのは、いわゆる私掠免許状だ。公海が明確に定まっていないことも、広大な海に支配が及んでいない事もあって、海の上はスラム街が目じゃないほどの無法地帯だ。だからこそ、少しでも他国の影響を削ごうと確立されたのが私掠免許状という海賊行為の許可証だ。…国ならまだしも、唯一神教会が発行しているという点でかなり胡散臭い。
「…他国の介入か、街の人間の裏切りが考えられる以上、海賊が雪崩れ込んでくることも警戒しなくちゃならないな…」
南の港の騒動を陽動にして勇者が直接こちらに来ることを警戒していたが、少人数の精鋭などではなく、それこそ団体様でお越しになる可能性すらある。俺はちらりとルミエの様子を確認した後、街の行く末を見守るように、窓から外を見渡した。
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