第371話 しばし前の彼女の話

◇しばし前の彼女の話◇


「随分と忙しそうね…。…ちょっと、あんまり前に出ないでよ。見つかりたいの?」


 草葉の陰に隠れ、私達は拠点の中を覗きこむ。そこは簡易的な天幕だけではなく、素人仕事でありながらも石材と木材を使った家屋や港が整備されている。酷く原始的な生活に見えて、随分と手の込んだ造りになっている。それこそ、開拓村と比較すればこちらの方が物が豊かで栄えているように見えるだろう。


「んで、こっから先はどうするよ。…ワイン樽にヴェリメラの毒でも流し込むか?なんか眠くなる奴」


「ちょっと、私は嫌よ?どうやれば見つからずにワイン樽まで行けるってのよ。…それともあなたがここまで樽を持ってきてくれるつもり?」


 島という構造がそうさせるのか、彼らは禄に警戒をしていない。もちろん、大型船が近づいてくる可能性のある湾側には海を見張る見張り台らしき物もあるのだが、私達の上陸した島の反対側と、そことの間にある森へは誰も見張りをしていないのだ。


 しかし、だからと言って問題が無いわけではない。警戒心が低いことは良いのだが、単純に人の目が多いのだ。これが単なる村であるならば、変装して何食わぬ顔で侵入することも可能だが、仲間の顔を覚えていないと判断するのは希望的観測が過ぎるだろう。


 この隠れ潜む気の無い拠点の造りも厄介だ。野盗ならば見つからないように無いように洞窟を利用したり、なるべく広がらないように密集して建物を建てるのだが、彼らは島の敷地を気兼ね無く広々と使っているため、視線を遮るものが無い空間が大部分を占めているのだ。


「まずは目的の者がどこにあるか目星を付けるわよ。…何か役に立つ情報は無いの?」


「だから、そういうのは苦手なんだよな。…どこか幹部の集まりそうなところはねぇのか」


 面倒臭そうな顔をしながらカクタスが頭を掻く。私も残念ながら海賊の拠点には余り詳しくないので妖しいところに目処が付かない。


 こちらの隠れる所が少ない拠点ということは、翻ってこちらからの視線もよく通る。そのため、カクタスやヴェリメラも一緒になって拠点の内部を観察する。


「あら。随分といい男もいるじゃない。他の男共と毛色が違うけど、たまたまかしら。…男娼ってわけじゃないわよね…」


「何こんなときまで色目を使ってんだよ。大方、商会として勇者と繋がってる奴なんじゃねぇのか?」


「…?勇者の方ってどういうこと?私はまだそれを聞いてないわよ?」


 この期に及んで隠し事をされると、それが致命傷へとなりかねない。私は責めるような視線でカクタスを睨みつけた。


「あん?言ってなかったか?こいつらは違法商会じみた傭兵団って話はしただろ?つまりその商会で表に出てくるのが比較的見られる顔の男達って訳だ。…あのいかにも海賊って顔した奴等に交渉ごとは難しいだろ?」


「傭兵ギルドから情報をせびってた時にそんなこと言ってたわね。…まともな傭兵団なら事務員がいてもおかしくは無いから聞き流してたわ」


 暢気に語る二人を見て、私は妙に悲しくなった。商会の運営に携わっているなら書類の類も扱っているはずだ。つまり、あのヴェリメラが目の付けた男の近いところに私達の求めている証拠がある可能性が高いと気が付いていないのだろうか?


 こんな粗雑な海賊の中から勇者が出たのかと疑問に思ったが、どうやら目の前に見えるのは傭兵団の片側から見た側面に過ぎないらしい。それこそ賊や傭兵団と言うよりは裏社会の闇組織にも思える。


「はぁ。あの男を追うわよ。ちょっと回り込むから付いてきなさい」


「んん?お前もあの男が気になるのか?…あれなら俺の方がまだいい男じゃねぇか?回りが強面ばかりだからマシに見えるだけだろ」


「はったおすわよ。商会に関ってるなら証拠の類を持ってる可能性が高いって気付きなさい。…それにあなたはいい男ではない。強面の仲間よ」


「そうよカクタス。冗談にしても笑えないわ。…護衛対象の子供になんど泣かれたか覚えてないの?」


 しゃがむカクタスの後頭部を軽くはたく。私に言われて気が付いたのか、二人はそのまま私の後ろについて拠点を囲む森の中を移動する。


 幸いにして、目的の男が行き着いた先は、港に隣接された木造の建物であるため、比較的拠点から離れたところに位置している。唯一、港の見張り台が心配だが、彼らの視線は海の沖合いと手元の酒瓶にしか向けられていない。


 風で中の様子を探ると、先ほどの男が活動する音が聞こえてくる。恐らく、中にいるのは一人だけ。そして、なにか書類作業をしているのか紙の擦れる音が静かになっている。…それほどの時間が経たないうちに、男は建物の中から再び姿を現した。その手には書類が握られており、彼はそのまま船着場の荷降ろし場へと向っていった。


「…ここなら私が忍び込めるわ。貴方達はここで待って…、…いえ、やっぱり心配だから付いて来てくれるかしら」


「あら、意外にも頼りにしてくれてるのね。後ろはカクタスに任せればいいのよ。いざとなれば囮にしてもいいし」


「おいおい…。流石にこの狭い島でこの人数を相手にするのは厳しいぞ…」


 隠密行動初心者の二人を置き去りにするのが怖かったのだが、二人は都合よく勘違いして意気揚々と忍び込もうとする。


 …意気消沈しろとは言わないから、忍び込むのだから気持ちを落ち着けて欲しい。カチコミと勘違いしてるんじゃないでしょうね…。


 そんな私の内心とは裏腹に、特に問題なく窓から建物の中へと侵入することができた。やはり、私達のような侵入経路は想定していなかったようで、内に入ってしまえば驚くほどに警戒が薄い。それに、自作の建物では限界があったのか、私達がお邪魔した窓はもちろん、男が出て行った出入り口にも、布が掛かっているだけで扉などは付いていないのだ。…単に作りこむ手間を惜しんだのかもしれないが…。


「ほう…。のようだな。手分けして探しちまおうぜ。…俺は外を見張ってるからよ」


「そんな事言って、どうせ文字を読むのが嫌なだけでしょ。素直にお願いしますと言ったらどうなの?」


「…探しながらでも風で近づいてくる足音ぐらい聞き取れるわ。じゃれてないでささっと済ましましょ」


 そう言いながら、私達は書類で溢れている室内を見渡した。この空間は海賊と言うには酷く不釣合いで、この島にいる者達が、カクタスやヴェリメラがわざわざ調査を依頼されるような、そしてサフェーラが情報を欲しがるような特殊な集団であると語っていた。


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