第369話 若干前の彼女の話

◇若干前の彼女の話◇


「あの酒場が勇者の一味がよくたむろしてる場所だ。勇者が顔を出しているところは見てねぇが、まだ関係は切れてねぇらしいぜ」


 食事を終えた私は、カクタスとヴェリメラの案内の元、勇者が所属している傭兵団のねぐらの場所を教えてもらった。船着場に程近く、海の荒くれどもが集うような散らかった街角には、まだ日の位置も高いと言うのに酒の匂いと喧しい笑い声が満ち満ちている。


「そもそも、勇者の中身は傭兵なの?なんか随分似合わないように思うけど…」


 私は疑問に思ったことを口にする。もちろん英雄譚サーガでは狭義心に溢れた傭兵などが勇者として称えられることもあるが、そこまで多くは無い。大抵は竜に挑む狩人であったり護国の騎士が勇者として褒め称えられることのほうが多い。


 それもこれも、傭兵とは金でなんでもするイメージが強いからだ。弱気を助け強気を挫く勇者が傭兵と称されるのは些か収まりが悪い。それに勇者が傭兵団を率いて複数で活動するというのも、なんか違和感を感じてしまう。


「そりゃ、木の股から勇者が産まれるわけじゃねぇんだ。転職前の職業が傭兵でもおかしくはねぇだろ」


「…問題はその傭兵団が、まともな傭兵団なのかって所ね。私達の依頼はそれを確かめることよ」


 周囲に声を漏らさぬように声量を落としながら、二人は私に受けた依頼の話をしてくれる。


 サフェーラが勇者の存在に良からぬ物を感じて私に依頼をしてきたように、このネルパナニアでも唯一神教会の後ろ盾で活動している勇者に思うところがある者がいるようだ。カクタスとヴェリメラはそんな者の手先となって勇者を探るために、この街に赴いてきたそうだ。


「それで、依頼内容を聞いたということは手伝ってくれるんだよな。…お前も俺らと同じ立場か。ま、この容疑の内容を見れば、そっちの国にも悪さをしてるみたいだな」


「…ええそうよ。ちょっとこっちまで遠出したついでに、勇者の情報を持って帰ってくるように頼まれてるの…」


 私は私の目的を二人に話す。自分たちと同じ立場に立たされていると思ったのか、ヴェリメラの目線は随分と同情的だ。


 そんな私にカクタスは懐から取り出した羊皮紙を見えるように摘んでみせる。そこには勇者が関っていると思われる事件の情報が羅列するように纏められていた。私はそれを手に取ると、書かれている内容に目を這わせた。


「…人身売買に違法薬物や違法物品の密輸、それに盗賊行為に関所破り…。随分と犯罪容疑の多い勇者様ね。…いつ捕まるかのチキンレースに勤しむ勇気があるから勇者なのかしら」


「ふふ。それなら賭場は勇者だらけね。とにかく、どれでもいいから犯罪の証拠を掴めってことね。大方、それを楔にして唯一神教会を制御下におきたいのでしょう。…依頼者は、正面から調査しようにも唯一神教会が邪魔をして全く進まないと嘆いていたわ…。」


 本当にこれが勇者の所業なのかと疑うような視線を二人に向けるが、彼らはこの容疑の大半は事実であると睨んでいるようで、疑う素振りが全く無い。


「ちょっと昔馴染みの傭兵に話を聞いたが、そもそも勇者の率いる傭兵団は、南海で随分とヤンチャをしていたらしい。…傭兵団と言うよりは、違法商船団っていったほうがいいかもな」


「というか海賊でしょ?単なる傭兵団だとしたら、なんで何隻も船を所有しているのよ」


「…勇者は船を持っているの?」


 まさか傭兵団が船を所有しているとは思っていなかったため、私は出てきた単語に思わず尋ねてしまった。


「一隻は港に泊まってるわよ。あとは沖合いの秘密基地に何隻もあるって噂。結局は表の顔は傭兵団で裏の顔は海賊って訳よ。もちろん、船なんて高価な物を彼らが素直に買ったとは思えないわ」


 裏の顔が山賊という傭兵団ならよく聞くが、海賊が裏の顔と言うのは初めて聞いた。単に私が内陸の出身だからだろうか…。ここでは傭兵団が海賊なのか…。


「それで、どうしようかしら。…正直言って私達はこう言った調査が苦手なのよ。カクタスはこの通り脳みそまで筋肉だし…」


「…なんだよ。じゃあてめぇの身体は知性でできてるのか?」


「血肉でできてるに決まってるじゃない」


 声を潜めながらも言い争いをする二人を尻目に、私は傭兵団の様子を観察する。正直言って見た目は賊と見分けが付かない人ばかりだけど、傭兵は大抵そんな感じ出し、狩人もそこまで人のことは言えない。


 カクタスは酒場と言っていたが、宿屋も兼ねている様で伸ばした風に乗って鼾も聴こえてくる。一階が酒場で二階が寝室。…よくもまぁこの喧騒の中で眠れるものだ。風にはまるで喉が楽器に変わったかのような喧しい笑い声や、二階の一室から流れてくる耳障りな嬌声も拾っている。私は何か使えそうな情報が話されていないか、耳に届く会話を一つ一つ吟味していく。


「…次の獲物…?準備のために早めに出航…?…彼ら、近いうちに船で拠点に向うみたいよ?この酒場は本拠点ではないみたいね。…勇者がいるかは分からないわ。私は勇者の顔も声も知らないもの」


「…そう言えばあなたもハーフリングなのよね。この距離で盗み聞きなんて、ちょっとずるいわね」


「拠点は…、どっかの小島だろうな。海賊のやつらはそうやって海に隠れ潜むんだよ。…しかし、そうなるとやっぱ証拠の類は拠点にあるだろうな…」


 盗み聞きした情報を伝えれば、彼らは素直に言い争いを止めて耳を傾けてくれる。そして二人はいかにしてその島を見つけて忍び込むかに頭を捻っている。私も海のこととなるとあまり自信がない。彼らの船にこっそり乗り込むのは余りに危険だし…、追いかけようにも船を出してくれる人なんて居るとは思えない。


 …その拠点とやらが、泳いでいける距離にあればいいのだけれども。これでも地元では湖でよく泳いでいたのだ。百歩の距離くらいなら問題なく泳ぎきることができる。


「…ハーフリングってことは…風魔法が使えるんだよな…」


 悩む私にカクタスが何かを思い立ったかのように声を掛ける。その顔は非常に胡散臭く、私は思わず眉を顰めた。


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