第366話 少し前の彼女の話

◇少し前の彼女の話◇


「本当ッ…!何でこんなにツイていないのよ…!?…これなら前金として炸裂ボルトを貰っておくべきだったわね。あれなら船でも沈められるはずだわ…」


 私は見張り台に半ば寝転ぶようにしながら、魔弩フリューゲルを上空に向って構え、装填されたボルトを撃ち放った。空に向けて流星のように突き進むボルトは孤となる軌跡を描いて、私の背後、甲板で騒ぐ海賊達に襲い掛かる。


 放ったボルトは人体抑止力マンストップパワーを高めるためにあえて切っ先を丸めたものだ。それはシュラウドを登っていた海賊を衝撃で打ち落とし、ついでと言わんばかりに甲板に居る海賊たちにも襲い掛かる。


「おい!何やってんだよ!さっさとあのクソガキを引き摺り下ろせ!」


「でもよう、あの変な弾を止めないと登れねぇよ。もう五人は河に落ちたぞ」


「人数で押すんだよ!数は力ってことを教えてやれ!」


 耳障りな声がマストの上の見張り台にいる私の所にも届く。ここにいる限り下の奴等もそう簡単に私にたどり着くことはできないが、私も動くことができない。帆に風を当てて船を操ることも考えたが、いくら私でもそこまで強力な風を吹かせることは時間が掛かる。


 どうにも行かぬ状況に私は思わず溜息を吐く。そのまま顔を上げれば階下の喧騒を嘲笑うように、青空の中で鳥が暢気に海風に乗っている。


 …そういえばこんなことになったのはある意味では鳥が始まりだったかもしれない。私は現実逃避をするかのように、その時のことを思い出した。



「…ちょっとピディ。機嫌を直してよ。私が悪かったから…」


「クルルルルルル…」


 機嫌の悪い運び風鳥レターバードのピディの頭を私は指先で撫でる。この子が鳥の癖して責めるような目を私に向けてくるのは、近づいて来たときに野鳥と思ってクロスボウを射ったからだ。頭の良いこの子は私の失態を理解しており、こうなると宥めるだけでは機嫌を直しはしない。


「分かったわよ…。貴方には塩が濃いから少しだけよ?」


「クァ…!」


 保存食のビスケットを細かく砕き、手の平に乗せてピディに分け与える。そしてピディがそれを啄ばむ間に、彼が咥えて運んできた手紙に目を通す。…手紙の差出人はサフェーラだ。そもそも現在が彼女の依頼で旅路にあると言うのに追って手紙を出してくるなど、何か問題が発生したのだろうか…?


「ちょっと…。ここまで来て別の任務?…しかも…随分と面倒な…」


「クァ!クァ!」


「…だめよ。これでお終い。あまり人の食べ物に慣れちゃ病気になるわよ?」


 追加を強請るピディを無視して手紙の内容を吟味する。


 もともとの依頼はブルフルスに居る少女のお迎えだ。私と同じように目を付けた少女を学院に招くために、道中の案内役として依頼されたのだ。…しかし、手紙に書かれた追加の情報によると、どうも目的の少女の身の回りが随分とキナ臭い状態になってしまったらしい。


 つまり、案内人ではなく護衛が必要な状況というわけだ。確かにそうなると私は余り向いていない。この小さな体躯では他人を威圧することもできないし、何より守るような戦いは苦手だ。私が得意なのはそれこそ陰に潜み的確に目標を射殺すこと…。案内のついでのちょっとした護衛ならまだしも、確実に荒事になる状況で私だけでも問題ないと言い切れるほど自惚れてはいない。


 …しかしそれでも、役立たずと言われているようで余り気分の良いものではない。ついつい唇を突き出してしまう。


 それに私の代わりとなる護衛のほうは大丈夫なのだろうか。ピディでわざわざ手紙を送ってきたということは、サフェーラもブルフルスの状況を耳にしたのは最近のはず。王都にいる彼女がそんな短期間で護衛を手配できるとは考えずらい。…そこまで考えて、ここから近い土地に共通の友人がいることを思い出した。


「ああ…、そう言えば彼らもこの近くに来てるんだったかしら…?まぁ…確かにソロの私よりは護衛に向いているわね…」


「クァ?」


「あなたも会ったことはなくても、風鳥ならその風を感じたことはあるんじゃない?私の親戚ハーフリングの王子様よ」


 肩に飛び乗ってきたピディの羽を頬で感じながら、私は静かに語りかけた。バランスをとるために細かく身体を揺らすから少し感触がくすぐったい。爪で肩をしっかりと掴めば安定するのだろうが、私の肩だと理解しているため遠慮しているのだ。


 …それより、問題は変更された依頼内容だ。追加人員として彼らを私と一緒に送り込むならまだしも、手紙に書かれているのはまったく別の任務だ。


 戦力外通知に私が気分を壊すと思って別の任務を依頼したという推測は恐らく間違いだ。彼女は最低労力で最大効率の結果の望むきらいがある。単に私がお手透きになるから、別のことに役立てようと思い至ったのだろう。


「はぁ…。この無茶振りが無ければ良いお嬢様なのだけれど…」


「クルゥ…」


「…そうよね。あなたも旅路に居る私を探し出して手紙を届けろと言われたのよね。お疲れ様」


 私の言葉に同意するように鳴いたピディの頭を撫でる。よくよく観察すれば、ピディも強行軍でここまでやってきたのか随分と疲れたようにも見える。…漸く見つけた私にクロスボウを放たれたのだから、あそこまで怒ったのだろう。


「…あなたも何か聞いてないの?…勇者の調査なんてどうやってやれって言うのよ…」


 私は手紙に書かれている内容に溜息を吐く。…正直言ってお断りの手紙をピディに括り付けたいところだが、サフェーラは無茶振りするだけあって報酬の払いがいい。今回の依頼も入手した情報の重要度に関らず、報酬として炸裂結晶のボルトを用意してくれるらしい。


 …着弾すると炸裂するボルトはガナム帝国の軍事物資であるため、そもそも購入することすら難しい。裏ルートで少しばかり出回っているのを見たことはあるが、あまりに弾数も少なくかなり値が張ってしまう。


「…欲しいわね。…勇者の情報を入手するなら…、乗る船を変更しなくちゃ…」


 勇者の情報といっても、ひっそりと勇者をつけろという訳ではない。それこそその勇者が居るといわれているネルパナニアに赴けば、噂程度であれば話も聞くことができるだろう。


 私は報酬に目が眩み、行き先を国境都市ブルフルスから、その先にあるネルパナニア国の辺境都市へと変更したのであった。


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