第365話 彼女もきっと冒険中
◇彼女もきっと冒険中◇
「お邪魔しますっと…」
風で索敵をして近場の者達の視線が切れた瞬間に、城壁の鋸壁から身を滑り込ませ、そのまま城壁塔の屋根の上まで登りきる。人影が多いためあまり油断はできないが、幸いにも大半の兵士の視線は街の外へと向いている。俺は屋根の上に伏せて、兵士達と同じ方向に顔を向けた。
遥かな高所から見下ろすと、そこには貿易港と言うべき巨大な港がサンリヴィル河を侵食するように広がっていた。そしてなによりサンリヴィル河の下流の先、広大な河口の川面の先には、より大きな海原が広がっている。
「…海賊…か?随分と数が多いな…」
海原からサンリヴィル河を遡上しながら、数隻の船がブルフルスに迫って来ている。その船団は横に大きく広がっており、そのせいもあって貿易港に居る商船は逃げ出せずに居る。もちろん、サンリヴィル河の上流に回り込むこともできるが、波に耐えるために喫水線が深い海舟は水深の浅い河を遡上することはできない。
そして海賊船らしき船団からは尖兵と言うべき小型船が何隻も貿易港に放たれており、その幾つかは既に港に船を付け戦闘を始めている。どうやら商船の持ち込んだ荷物だけではなく、商船自体も彼らの目当てのようで、貿易港の桟橋と船上を戦場にして剣戟が繰り広げられている。
そこで戦っているのは商船に雇われているであろう傭兵たちだ。彼らは自分たちの所属しているであろう船を守るように必死になって海賊と戦っている。一方、街の兵士達は打って出てはいない。街へと繋がる門を堅く閉ざし、城壁の上から海賊達に向けて弓を射るばかりだ。それでも、頭上から降り注ぐ矢は十分な援護になっているようで、今のところ奪われた商船は無いようだ。
「次々と追加が来るぞォ!余裕の出たところは向ってくる奴等を押し返せ!!」
「おい兵士ども!沖だ沖!そっちの方を何とかしてくれ!」
海賊たちに負けじと傭兵たちが声を張り上げる。状況はまさしく上陸戦というべき状況だ。軍略や用兵術のように、軍隊同士の戦いで必要とされる知識はそこまで知見があるわけではないが、この戦場を見ると海上戦力の重要さを実感できる。陸路であればその存在を事前に察知できるような戦力を、船を用いれば秘密裏にかつ迅速に送り込むことができる。現にブルフルスの街は彼らが迫っていたことを今の今まで察知できていなかったのだ。
沖から向ってくる小型の船にはぎゅうぎゅうに海賊たちが鮨詰めにされている。先頭に乗るものは木盾を構えて矢を防ぎ、他の者はオールを持って一心不乱にこちらに船を漕いでいる。その推進力は人力ではあるが、流れの緩やかなサンリヴィル河を遡上するには十分な推進力があるため、矢を受けながらもその止まることはない。
「凄げぇな…。国攻めをしてるようなものだろ…?」
俺は眼下の迫力ある戦場に目を奪われながら、口の中で小さくそう呟いた。ブルフルスは都市国家であるため、広大な国土を持つ国とは余り比較することはできないが、貿易都市として経済的に豊かであるため、一つの都市にある戦力と言う意味ではかなり多いように思える。
そんな場所をあの海賊たちは攻めてきている。所有する船の数も所属する人数からしても、かなり大きな海賊団だ。…もしかしたら何処かの国の海軍が化けているのかもしれないが、あまり装備には統一性が無い。俺は目を細めて沖に停泊している大型船も確認するが、その船にも所属するところを示すようなものは無いし、装備同様に船もあまり統一されていない。恐らくは鹵獲した船なのだろう。
「矢は渋るなよ。追加は直ぐに届くから打ち切るつもりで使わせろ。後はさっさと奴らの照会をしたいところだが…」
「南海を荒らしている奴等が流れてきたのでは?最近じゃ向こうも情勢が乱れて来てあまり稼ぎにならないと聞いてますよ?」
俺の腹の下にある屋根の更に下。城壁塔の中から声が聞こえる。恐らくは部隊長と思われる男とその部下らしき男の声が漏れ出てきた。声色は落ち着いており、海賊が攻めてきたという非常事態では頼もしくも感じる。彼らは城壁に並ぶ弓兵に対して、海賊たちの上陸を阻止するように的確に指示を飛ばしている。
城壁に並ぶ弓兵を見ていると、妖精の首飾りにも遠距離攻撃手段が欲しくなってくる。全員が魔法使いであるため、中距離ならば十分に対応できるから特に不自由には感じたことは無かったが、このような戦場では長距離戦力が欲しくなる。
もし、この場にイブキが居れば縦横無尽に活躍できるだろう。この城壁の上という安全地帯からクロスボウを弾き、羽が生えたように飛び回るボルトは海賊や船を一方的に攻撃できるはずだ。…そう思ったのがフラグになったのか、俺の目には見知った攻撃の影が映った。
「…は?」
これ以上、この場では情報収集をする旨みが無い。戦況も安定しており特に手を出す必要性も利益も感じないため、竜讃神殿に戻ろうとしたのだが、沖に見える船の上で飛び回るような光のきらめきが見えたのだ。
起しかけた身体を再び屋根の上に戻し、必死に目を凝らす。沖に見える船の一つ。その船に立つマストの周りを何かが飛び回っている。そしてその中心にある帆柱の見張り台にボルトを構える彼女の姿を見つけることができた。
「なんでイブキがこんなところに…?」
随分と距離があるためその姿は随分と朧だが、風に感覚を乗せてみれば僅かに彼女の風を感じることができる。一瞬、狩人を辞めて海賊に転職したのかと思ったが、彼女のクロスボウは船の甲板に向いている。
甲板の上では海賊たちが彼女を見上げて騒いでおり、剣を口にくわえてマストを登ろうとしている。そんなやつ等を彼女のクロスボウが打ち落とし、ついでと言いたげにマストに穴を開けている。…どういう状況だろうか…。高所を押さえた彼女が海賊に簡単に捕まることは無さそうだが、逆に言えば袋の鼠ともいえる。
俺は幾ばくか逡巡をする。現在は狩人の護衛任務の途中だ。不用意な行動をするわけにはいかないのだが…、如何せん窮地であるならば見捨てるのも具合が悪い…。
結局俺は、情報提供者の確保という名目のもと、屋根から身を乗り出して戦場へと着地した。
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