第364話 騒がしきこの街

◇騒がしきこの街◇


「警鐘…!?こんな真昼間に…!?」


 警鐘の音が伝染していくように複数個所で鳴り始め、街の上空で重なり合うように反響する。その音を追うようにナナが上空を見詰め、顔を顰めながらそう呟いた。人々の行き来を塞き止めた関所に慌しく動き回る兵士たち。そして鳴り止まない鐘の音が街の人々の不安を煽っていく。


 混乱の波が人々に打ち寄せると、こんどは人々が引き波のようにしてその場から離れ始める。その波が俺らの元にも押し寄せてきたため、俺らは慌てて流されぬように路の脇へと移動した。


「あの鐘は…、警鐘で間違いありません。ここ数年はとんと聴いた記憶がありませんでしたが、まさかこのような時に鳴るとは…」


 テルマ神殿長は街の不安を代弁するようにそう呟いた。彼女は多少、うろたえる様子を見せるも自分を律するようにその背筋を伸ばしてみせた。果たして何が起きて警鐘が鳴らされているのか…。警鐘が鳴らされるのは火災や洪水、そして魔物や敵勢力による街の襲撃…。門が閉ざされているとなると


「ハルト様。…一端、私達も避難いたしましょう。どの道、関所があの様子じゃ通れそうもありませんわ」


 メルルが指し示す関所は、普段は常に開かれているであろう重厚な門が、堅く閉ざされている。今からそこに掛け合っても、通ることは叶わないだろう。もちろん出たところで、そこには警鐘を鳴らす事態。何かしらの魔物の襲来や外敵が俺らを待っている可能性が高い。


 ともかく、混乱をきたしている街角に長居することは得策ではない。この混乱に乗じて何者かが行動に移してくる可能性があるからだ。唯一神教会はテルマ神殿長が押さえたものの、ノードリム助司祭はまだ何かを企む気概を見せていたし、ロアバナ司祭も決してこちらの味方になったわけではない。


「この街で守りが堅いのは…教会か。戻ることになるが、このままここにいるよりはマシだな」


 俺はそう言ってカプア修道女を見詰める。しかし、彼女はそれを否定するように首を左右に振った。


「何が原因かによりますが、もし魔物などが攻めて来ているといった場合、回復要員として多くの者が駆り出されます。…ルミエを守ると言うのであれば、少々不都合になりましょう…」


「それでは竜讃神殿で匿いましょう。私が復帰したことで、勝手に動く者も少なくなりましたし、ルミエも古巣の神殿の方が安心できますでしょう」


 光の女神の教会はその名が示すとおり光属性の魔法使いが多く所属している。と言うよりも治療教会を母体にそこから光の女神の教会と闇の女神の教会が派生したのだ。派生はしたものの、信仰そのものに治療行為が含まれているため、兵士などから治療師の派遣を求められた場合、断ることはできないだろう。


 竜讃神殿も例の円形の広場に面しており、光の女神の教会のご近所さんだ。そのため、俺らは来た道を引き返すようにして移動する。街ではまだまだ鳴り響く警鐘に不安の声を上げる者達がそこらかしこに見えたが、慌てる様子もなく凛として足を進めるテルマ神殿長とカプア修道女の姿を見て、騒いでいた者達が落ち着きを取り戻していく。


「…!カプアさん!お戻りになりましたか!…ルミエさんも居るということは、…関所は通行止めですか…」


 俺らが宗教施設の集中している円形広場まで来ると、光の女神の教会の前にはロアバナ司祭と言い争っていた若い修道士が不安げに佇んでおり、カプア修道女の姿を見つけると飛び出してきた。彼は鳴り響く警鐘と未だに共にしているルミエの姿を見て、何が起きたかを察したようだ。


「それではカプア様。ありがとうございました。…貴方が居てくださって本当に助かりました」


「いえ、たとえ正式な教徒でなくとも、ルミエも保護すべき光魔法使いに変わりはありませんから。名残惜しいですが、お早く神殿の方に。…今ならルミエが竜讃神殿に向ったことを知る者が少なく済みます」


 そう言ってカプア修道女は近くに佇む唯一神教会の方を睨みつける。その言葉に後押しされるように、俺らは竜讃神殿へと移動する。


 竜讃神殿は光の女神の教会の程近くにあり、他とは少々異なった建築様式が特徴的な建物だ。白い漆喰で塗り固められた壁には、どこか原住民の壁画のような文様が刻み込まれており、素朴ながらも華やかな印象を俺らに与えてくれる。


 どこかオリエンタルな雰囲気の神殿の中を移動し、客間らしき一室に案内される。俺らはそのまま、部屋の周囲の構造を探るように目線を動かした。


「護衛の方に御寛ぎくださいと言うのも変な話ですが…、どうぞ気兼ねなくお過ごしください。ここは私専用の客間ですから、他の信者も迂闊には近づかない部屋です。…ルミエ、そこに茶器がありますから、みなの分を入れて頂戴」


「いえいえ、お構いなく。…それに一人分のお茶はいりませんわ。そうでありましょう?」


 そう言ってメルルは人数分のお茶を用意しようとするルミエの手を止めて、俺に視線を投げかける。…決して彼女は俺にはお茶など勿体無いと言ってる訳ではない。単に俺はこの後の予定があると言うだけだ。


「ああ、ちょっと情報を仕入れに言ってくる。それまでルミエの護衛の方はよろしく頼むぞ」


「気をつけてね。もし何かあったら、いつも通り火球を打ち上げるから」


 俺は荷物を下ろすと、身軽になって窓へと移動する。ルミエを守るに当たって、この街が陥っている情報は必要だ。それを手に入れるために俺は窓の外へと身を躍らせる。少々無作法だが、この状況では構うまい。


 ヒュルリと風を吹かせて、身体を絡めとらせる。そして猫のように軽やかに着地すると、そのまま関所に向って駆け抜ける。戻るときはテルマ神殿長の足に合わせていたため随分と掛かったが、俺だけであれば数分も掛からない。


 路地裏を抜けたあたりで俺はそのまま家の壁を駆け上がり、今度は屋根の上を飛び移るように移動する。そして城壁が近づいた時点でちょうどいい高さの建造物に目星を付け、その頂点を辿りながらブルフルスの街を外界と隔てる城壁へと飛び乗った。


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