第363話 あの鐘を鳴らすのは何故

◇あの鐘を鳴らすのは何故◇


「ノードリム。彼女の手の内にある物が公開されたら、この街で唯一神教会がどうなるか。よもや、分からぬとは言うまいな」


 ロアバナ司祭から責められるノードリム助司祭は、なにか言い訳を探そうと視線を彷徨わせるが都合の良い物は見つからない。もとより、ノードリム助司祭も自身が強引な手法を取っている事は把握していた。聖女の身柄を押さえればこの街での評判がどうなろうと関係ないと言っていたことからも間違いないだろう。


 立つ鳥はあとを濁さずどころか、旅の恥は掻き捨てと言いたげに多少無体なことをしても、ルミエを確保した功績でこの街を離れて昇進するつもりなら関係ない。しかし、それはルミエの身柄を得ることが前提だ。今この状態では彼を助けるものは何も存在しない。


「ロアバナ司祭…。お分かりでしょう…?ここで聖女を得ることができればどうとでもなる…」


「戯け!どうとでもなるのはお主だけであろう。…私はこの地の信仰を守る必要が在るのだよ」


 縋るようにノードリム助司祭はロアバナ司祭に言葉を投げかけるが、それをロアバナ司祭は一喝する。その様子をテルマ神殿長は微笑ましそうに眺めている。そしてロアバナ司祭を急かすように紙の束を煽って見せた。


「…騎士どもよ。慈悲が欲しければノードリムを連行しろ!少しでも私の心象を良くするんだな!」


「…ロアバナ司祭。後悔しますぞ…!」


 俯いていた騎士達が、ロアバナ司祭の号令のもとノードリム助司祭に掴みかかる。ードリム助司祭は恨みがましい視線を向けるが、ロアバナ司祭は意にも介さずテルマ神殿長へと向き直った。テルマ神殿長はそんなロアバナ司祭へと紙の束を差し出すと、ロアバナ司祭はそれを乱暴に奪い取った。


「…忌々しい竜の魔女めが…」


「あら、口の悪い殿方だこと。ある意味、私があの方の尻拭いをしてあげたのですけれども…」


 ロアバナ司祭もここで聖女を見逃すのは不服であるようで、テルマ神殿長に文句を呟いた後、ルミエを一瞥してから去っていく。…例の衛兵はこれ幸いにと気付かれぬよう静かにこの場を後にしたが、あのロアバナ司祭の様子からして、共犯者である彼をこのままにすることは無いだろう。


 去っていくロアバナ司祭の背中が見えなくなると、テルマ神殿長はルミエへと向き直った。場が落ち着いたこともあり、ルミエは涙目になりながら再びテルマ神殿長に抱きついた。テルマ神殿長は愛おしそうにルミエの背中を軽く叩き、ルミエの尻尾も嬉しそうに左右に振れている。


「神殿長ぅ…。お体は本当に大丈夫ですか…?」


「ええ。貴方のおかげよ。光の女神の神殿に向う時にお別れは告げたけど、旅立つ前にまた会えて嬉しいわ」


 まるで親子のように抱擁を交わした後、惜しむようにそれを解いた。少しばかり子供っぽいところを見られたからか、ルミエは照れながら頬を染めている。そしてテルマ神殿長は俺らの姿をその瞳の中に入れた。


「あなた方が護衛の方々ね。…このとおり問題の多い状況ですけど、よろしくお願いしますね」


「ええ。もちろん。ここから王都までは太い街道が通ってますから、ブルフルスさえ抜け出てしまえば、当分は心配は要りませんよ」


「まだ若いですけど、中々にやりますよ。教会騎士を何もさせず、傷つけることもなく制圧せしめて見せました」


 俺らのことをカプア修道女が紹介する。少し見定めるような雰囲気もあったが、カプア修道女の言葉を聞いて、テルマ神殿長は安心するように微笑んだ。メンバーに女性が多いというのもその要因になったのかもしれない。


「それでは見送りに付き合わせてくださいな。…もう直ぐにでも旅立つのでしょう?」


「…はい。出国許可も手に入れましたし…、関所の方も問題ないそうです…」


 ルミエは切なそうに言葉を綴るものの、旅立つ意気込みを示すように、肩に掛けた荷物を背負いなおし胸を張って見せた。その姿をテルマ神殿長は眩しいものを見るように目を細めて見詰めている。


 ここまで来てしまえばブルフルスの街を出るのには殆ど問題がない。衛兵に拘束されそうになった際に、俺とナナだけが調書を取るために同行しようと考えたのは、残りの問題の大半がメルルがいれば解決するからだ。


 まず関所はメルルの身分を露にすれば、十中八九足を止められることはない。貴族の同行者に難癖をつけて足を止めようものなら、それこそ国際問題に発展するからだ。そして渡し舟もメルルの水魔法があればどうとでもできる。たとえ船頭がルミエを拉致するために行き先を変更しようとも、メルルが水流を操れば強制的に渡し舟を対岸にへと向わせることができるのだ。


「テルマ神殿長。足の方は大丈夫ですか?」


「ええ。寧ろいい運動になるわ。こうやって一緒に歩くと、昔を思い出すわね」


 テルマ神殿長に歩調を合わすように、俺らは直ぐ先にある関所に向かって歩き始める。テルマ神殿長が足を動かすたびに、その衣装に縫い付けられた鈴が透き通った音色を鳴らす。そしてほんの僅かな距離を進んだだけで関所に並ぶ人の列が見え始めた。


「それじゃぁ…テルマ神殿長…カプアさん…」


 別れの挨拶を述べるために、ルミエがテルマ神殿長とカプア修道女に向き直った。


「…?ちょっと待て。何か様子がおかしい」


 俺はその別れの挨拶を中断させる。と言うのも関所の方が俄かに騒がしくなったからだ。


 何かあったのかと俺の方を窺った他の面々も、俺の視線が関所に向かっていることに気が付き、同じようにそちらを見詰めた。兵士達が慌しく動き回り、関所に並んだ者達を追い返している。中には文句をいう者達もいるが、兵士達の有無を言わせぬ対応に最終的には従うようにして離れ始める。


「…トラブルでしょうか?それにしては物々しいようにも…」


 不穏な気配に眉を潜めるメルルに答えるようにして、関所の門が閉ざされ始める。そして、俺らの疑問に答えるように、城壁の上の鐘楼からはけたたましい鐘の音が鳴り始めた。


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