第362話 街角の老人会

◇街角の老人会◇


「なぁっ!?ロアバナ司祭!?…一体何のつもりですか?今私が何をしているか分からぬ貴方ではないでしょう…!」


 司祭…ロアバナ司祭の発言はノードリム助司祭にも想定外であったようで、彼は責め立てるようにロアバナ司祭に声と唾を飛ばす。しかし、ロアバナ司祭は表情を崩すことは無く、冷たい表情で彼らを見詰めている。


「教会騎士の起した罪は、教会に裁判権がありましたな。先ほども申したとおり、この場は私の名の元に預かりましょう。そこの子らはそのまま開放してあげなさい」


 ノードリム助司祭を無視して、ロアバナ司祭が先に話しかけたのは衛兵に対してだ。同じ唯一神教会の者の発言であるため、衛兵はどうするべきかノードリム助司祭に視線で尋ねかけるが、ノードリム助司祭は首を横に振って対抗するように促がした。


「…それは通りませんよ。唯一神教会内部の揉め事ならともかく、関係者が外部の人間なのですからね」


「そこの子等が納得しているのであれば、構わないだろう?見たところ大きな被害もないし、ちょっとした揉め事に過ぎないではないか?」


 確かに半ば独自の自治権を有する教会には所属するものを独自に裁く権利を持っているが、街の司法を無視できるというものではない。それこそ外交特権のようなもので余り無茶な裁量を許すことは無い。


 しかし、全くその言い分が通らないと言うわけではない。裁判権をもつ司教の肩書きを持つ者が預かると言うのであれば、あとから街の司法が口を出すことはあれど、少なくともこの場で強引に俺らを拘束することはでき無い筈だ。


「ロアバナ殿…。何が目的でしょうか?貴方もノードリム殿と同じく彼女の身柄を欲していたと思っておりましたが…」


「そうですぞ!司祭の身にありながら、教会の意向に背くおつもりか!」


 探るように尋ねたカプア修道女の言葉に、敵対しているであろうノードリム助司祭も乗っかってくる。俺も何を企んでいるのかと、ロアバナ司祭の様子を細かく観察する。


 ロアバナ司祭は哀れむような表情をルミエに向けた後、そのままノードリム助司祭に向き直った。


「…ノードリム。私は確かに言ったはずです。あまり無体なことはするなと…。何の権限を持って教会騎士を率いている?私は許可を出した記憶は無いぞ」


 まずは教会騎士、そしてノードリム助司祭にへと責めるような視線を向ける。教会騎士も正規の手順を踏んでいない事は自覚しているのか、俯くようにして押し黙っている。


「…そ、それは…。ロアバナ司祭、貴方は悠長に過ぎるのです!聖女の存在はネルパナニアに旅立った司教に何よりの追い風になるのです!…それに彼女達は出国許可を既に得ているという情報があります!ここで見逃せば聖女がどこに向うかは分かっておいでですよね!?」


「そうせざるを得なくしたお主が何を言う!!ふざけるのも大概にせよ!!」


 ノードリム助司祭の言葉に答えるかのようにロアバナ司祭が激昂する。先ほどまでの大人しい印象から一転、瞬間的に沸騰したかのように顔が赤く染まっている。その迫力にノードリム助司祭は思わず後ずさっている。


「…全く頭が痛い!お主は周囲を焚き付けるのは随分得意な様だが、その燻りがどこに向うのかを全く考えておらん!その火がお主だけを焼くならともかく、教会まで共に焼くつもりか!」


 烈火の様なその怒りに、周囲の者は勢いに呑まれつつある。先ほどは抵抗する素振りを見せた衛兵も、これは分が悪いと考えたのか苦笑いをしながら沈黙を守っている。


「そ、それはどういう…?」


「あら、おいたが過ぎれば叱られる。それだけのことでしょう?」


 尋ねかけるノードリム助司祭に答えるように、また後方から声が飛び込んできた。声量は大きく無いのに、柔らかくもどこか通りの良い声で、俺らの視線をそちらに引きつけた。


 シャンシャンと服に取り付いた鈴の音を打ち鳴らしながら、今度は一人の初老の女性が姿を現す。ロアバナ司祭に続き、追加の老人が現れたことで、この場の平均年齢がぐっと高くなる。


「テルマ神殿長!も、もうお体は大丈夫なのですか!?」


 もっとも過激に反応したのはルミエだ。彼女は嬉々とした表情でその初老の女性に近づくと、身体の様子を確かめるようにしながら女性の手を握り締めた。


「ええ。貴方のおかげで前以上に良くなりました。貴方は私の誉れですよ。…ただ、長らく寝込んでいたせいで、足の方はちょっと衰えちゃったみたいね。ここに来るのも遅くなってしまいました。…カプア様もご迷惑をおかけしましたね。あなた方が居てくださったお陰で、私は十分に休めました」


「いえいえ。寧ろ力不足を嘆くばかりで…。…ただ、ルミエの旅立ちの前にテルマ神殿長の回復が間に合ってよかったです…」


 恭しく頭を下げたテルマ神殿長に答えるように、カプア修道女も頭を下げた。そしてテルマ神殿長はルミエに付き添われる形でロアバナ司祭とノードリム助司祭に向き直った。その様子をロアバナ司祭は悔しげに見詰め、ノードリム助司祭はわけも分からぬ様子で見詰めている。


「これは…一体、どういうことで…」


「あら、私の神殿の者達に随分とお声掛け頂いたようですが…自分のしたことにご理解が無くて?お陰で再び纏め上げるのに苦労しましたわ」


 状況が掴めぬノードリム助司祭にテルマ神殿長は朗らかに微笑みながら答える。…たしか、唯一神教会に焚き付けられ竜讃神殿はルミエの味方の派閥と、巫女としてこの地に留めたい派閥に別たれたとカプア修道女は語っていた。


「…お主が何も考えずに焚き付けた竜讃神殿は、この街で最も信者の多い神殿なのだぞ…。そなたが焚き付けるたびに潜在的な敵対者がどれほど増えるか分かっておらんのか?」


「そ、そうは申しましても神殿の信者は、名ばかりの土着の民ばかり…信仰心の薄いものが殆どでは無いではないですか…。」


「あらあら。私の前で随分なことを語ってくれますのね。私たちは日々の生活に信仰が根付いているため、そう見えてしまうのでしょう。何も神殿で祈ることばかりが信仰ではありませんよ?」


 そう言ってテルマ神殿長は紙の束を取り出す。それをロアバナ司祭は受け取ろうとするが、まだ早いと言いたげに、テルマ神殿長は渡すことを拒んだ。


「…ノードリム様。貴方が今回の件で仕出かした無法の証言の数々です。…たとえば、街の衛兵との癒着とか…。この街における竜讃神殿の耳目の数を甘く見ましたわね」


 その言葉を聞いてノードリム助司祭はうろたえる。近場で侍っていた衛兵も、まさか自分にまで飛び火するとは思っていなかったようで顔を青くしている。


 …ルミエをこの街に縛り付けたいと考えていた竜讃神殿の派閥も、唯一神教会と同じようにルミエの身柄を求めていたようだが、別に唯一神教会に組したわけではない。だからこそ、唯一神教会の動きを抑制するために弱みとなる弱点を集めていたのだろう。


「ロアバナ様。これを薪にくべるのは、ルミエが無事に旅立ってからですよ」


 そう言ってテルマ神殿長は、まるで少女のように微笑んで見せた。


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