第361話 武装の無血解除

◇武装の無血解除◇


「な、何をしておるんだ!ふざけてないで早く捕らなさい!」


 ノードリム助司祭が苦しみに呻く教会騎士達を叱咤する。確かに側から見た教会騎士達は随分と情けない状態だ。涙が止まらぬ目を片手で押さえながら、効かぬ視界に恐れを抱いたのか逃げ腰である。そして少しでも俺らの接近を妨害しようと、剣先を俺らの方に突き出している。その様子はまるで獣を恐れる幼子だ。


 といっても、目に火の実の粉末が入って状態で戦えと言うのも酷な話だ。その瞳は火で炙られているかのように疼き、その狂的な痛みは堪えきれぬ落涙を齎す。そして、涙で火の実の成分が溶け出したのか、黄色く爛れたかのように変色している。彼らは狂い病に犯されたの如く、うめき声を上げながら、ただただその痛みが去ることを祈っている。


「ハルト。これって、対応策あるのかな?」


「足を止めなければ避けるのは簡単だ。目に的確に粉末を運ぶってのは難しいんだぜ?」


 同じく騎士剣術を使う者としての同情が、ナナが教会騎士達に憐憫の眼差しを向けながら呟いた。


 ナナはそのまま波刃剣フランベルジュを彼らへと向けた。涙で歪む視界でもそれは辛うじて感じ取ったのか、彼らは硬直したように剣を握りこむが、それはあまりにナナに都合がいい。


 生い茂る葦のような剣の藪に向かって、ナナは波刃剣フランベルジュで切り払った。彼女の波刃剣フランベルジュは炎の魔剣だ。その魔剣は彼らの剣をそれだけで容易く溶断せしめてみせた。


 これが単に高温の魔剣であれば、熱の伝導する時間は耐えることができただろう。しかし、彼女の魔剣は剣身に宿る熱量を強制的に切断物に転移させる炎の魔剣だ。炎の魔剣のくせに、原理上その剣身は絶対零度という冷たい炎の魔剣は、通常の熱伝導の速度を越えて切断物を加熱する。


 それでも、武器の差が齎す結果とは言い切れない。たとえ魔法使いでなくても、尋常の騎士であれば剣に魔力を通すということはできて当然の技量だ。彼らは痛みに苛まれることで、それを怠ったために、剣が魔剣の魔法に抵抗することができなかったのだ。


「言っておくけど、鎧にも同じことができるからね?まだ戦う?」


 ナナの脅しを聞きながら、教会騎士達はバターのように切り捨てられた自身の剣を確認する。その手に掛かる重さが焼失してなお、火の実に蝕まれた瞳の写す幻覚なのではないかと疑うように眇めた目で確認するが、そこには大半の剣身が消失した剣があるばかりだ。


「貴様ら…!こんなことをして…!」


「まだやるか?言っておくが彼女はお前らのその大層な鎧も、バターのように容易く切り落とすぞ」


「くぅ…ッ!」


 既にメインカメラとメイン装備が破損した状態だ。この状態では容易く屠られることを理解してか騎士達は恨めしそうな視線を向けるだけで襲ってくることは無い。


「何たる無様!何たる失態!貴様ら!出世の道は途絶えたと思え!」


 流石に剣が切り捨てられれば分が悪いことをノードリム助司祭も理解できたようで、顔を赤くして憤慨している。しかし、その姿は自分を守る護衛が居なくなったとは考えていないようで、俺らを恐れるような素振りはない。


「ノードリム助司祭…。頼みの教会騎士はこのような状態ですから、素直に退いてはいかがでしょう?」


 カプア修道女が教会騎士の様子を見ながらノードリム助司祭に声を掛ける。


「…ふん!何を勝ったつもりでいる!…神殿の介入を許すかもしれんが…、既に聖女は網の中のようなものよ…」


 しかして、退避の勧告には従わず、妙に余裕のあるノードリム助司祭は何かの合図を出すかのように手を掲げてみせた。何かあるのかと俺は警戒して風を展開させると、それには追加の人員と言いたげな輩の姿を捉えることができた。


 教会騎士とは違い、胸当て程度の簡素な鎧。それは俺達の国の物とは意匠が異なるが、この街の治安を維持する衛兵を示すものだ。


「ノードリム殿。困りますよこんな街中で騒動を起されては。…改めて言いますが、あまり逸脱した采配はできませんよ」


「構わん。どの道時間稼ぎができれば勇者が間に合うはずだ」


 騒動を治めるにしては随分と余裕を持った足取りで衛兵は近付いてくる。どうにもその気の抜けた振る舞いは、衛兵と呼ぶには危機感に欠けるようにも思えるが、ノードリム助司祭やカプア修道女の反応を見る限り、彼は本物の衛兵なのだろう。


「それで、その勇者とやらはいつ来るので?見たところ怪我人も居ないようですし…、調書のために引き止めるのも伸ばして三日と言うところでしょう」


「十分だ。出立の知らせは幾分も前に出ておる。それこそ今晩にでも来てもおかしくは無い」


 仲良し…と言うには語弊があるが、衛兵の一人とノードリム助司祭は互いに不穏な会話をしてみせる。その会話を聞けば馬鹿にでも分かる状況だ。


 ようするにノードリム助司祭はもしもの時のために衛兵に鼻薬を嗅がせていたのだろう。…この街を出ようとしているルミエを法の力を持ってこの街に留めるために。先ほどの合図は控えていたであろう彼らに助勢を請うためのものだったのだ。


「それじゃ、そちらさんは見たところ傭兵か狩人かな。悪いが詰め所まで来てもらうよ」


「…ッ!?私達は何も悪いことはしておりません!」


「それを確認するために調書をとるからねぇ。大丈夫。悪いことしてなければいずれ開放されるから」


 衛兵に捕まれば勇者とやらが来るまで拘束される。そんな会話を聞いていたため、ルミエは自身の潔白を主張するように声を張り上げるが、衛兵は聞く耳を持たない。実際、騒動を起したものはその行為の有罪無罪に関らず調書のために拘束するのは間違いではないため、非常に反論しづらい。


 ノードリム助司祭はニタニタとした表情を俺らに向けている。彼からしてみれば騒動を起した時点で長期の足止めという最低限の目的は達成していたのだろう。…どうするか。戦闘をしたのは俺とナナであるため、他の者は無関係だと言い張って彼女達だけでも先に押し通すか…。戦力が減ることにはなるが、勇者とやらの到着を迎えるよりはマシかも知れない。


「それには及ばんよ。ノードリム助司祭と神殿騎士のやらかしたことは教会の問題だ。彼女達から調書を取る必要は無い」


 さてどうするかと頭を悩ましていたところ、思いも寄らぬ所から声が掛かる。こちらを遠巻きに窺っていた群集に紛れていたから気が付かなかったが、そこに居たのは昨日、光の女神の教会を訪ねて来た司祭だ。


 彼はそのまま俺らに近寄ると、忌々しいものを見るようにノードリム助司祭と教会騎士を見詰めていた。


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