第360話 動き始めた助司祭
◇動き始めた助司祭◇
「さて、このまま問題なくこのまま進めばいいが…」
狩人ギルドを後にした俺らは、再度街の様子を確認しながら関所へと足を進める。不穏な言葉を口にしたのは何も嫌な予感がしたとか、変なフラグを立てようとしたとか、そんな考えで口にしたわけではない。
ルミエは俺らが来るまで教会に篭っていた。それが今日になって俺らと共に街を出歩いている。朝方に襲ってきた男達は、それこそたまたま俺たちを見かけて運がいいと仕掛けてきたのだろうが、偶発的に出会っただけあって大した装備も無いし、作戦などもない場当たり的な奴等だった。
しかし、ルミエが街に出てから十分な時間が経っている。情報が出回り、準備してから出向くには十分な時間だ。…そして確実に俺らが通らざるを得ない場所で待っているはずだ。
「…念のために聞いておきますけど、この街には秘密の地下通路とかあります?」
「地下にあるのは教会の醗酵蔵しか知りませんよ。下水の類なら通っているはずですが…、まさかそこから外に出るつもりですか?」
俺の質問にカプア修道女が答えるが、その視線が随分と厳しい。俺が何を察知したのか感じ取ったのだろう。
案の定、風の索敵には俺らを待ち受けているであろう集団の姿がある。残念ながら関所に向う唯一の大通りで避けて通ることは難しい。避けることが難しいのであれば正面から向うしかない。俺らはルミエの周囲をより固めると、そのまま真っ直ぐと足を進めた。
「…あれは、ノードリム助司祭?教会騎士を動員して何をするつもりだ…?」
昼間に近い時間帯にもかかわらず、人通りは異様に少ない。それもそのはずで、その大通りに展開している者達の姿を見て、揉め事に巻き込まれぬように身を潜めているのだろう。
「おやおや、奇遇ですね。カプア殿。…そしてそこに居るのは聖女ではありませんかぁ?私達の聖女をいったいどこに連れ出すつもりですかな?」
「残念ながら彼女は信仰の先を変えるつもりは無いようですよ?何か勘違いをしているのでは?」
「いえいえ、遥かなる高みに座しておりますのは我らが神である故に、全ての祈りは我が神のもの。祈るよすがを違えたところで、その真摯な思いは穢れるものではありません」
ノードリム助司祭は周囲の教会騎士とは対比的に、あまりに不健康な見た目だ。ひらひらとした布を多用した
指や首周りには宝飾品の類が過剰につけられており、日差しを受けて先ほどから光を反射している。そして、改造したのか襟などには金糸の装飾が施されているが、本人が先ほどからだらだらと汗を流しているため黄ばみ対策に思えてしまう。それこそ、成金趣味の生臭坊主といった風貌だ。
「それで、こんな物騒な者達を連れ出して一体何を企んでいるのでしょう」
「もちろん、聖女のお迎えに上がったのですよ」
「…正気なのですか?いくら貴方でも、こんな白昼堂々武力で脅して人攫いなど…。流石に問題になるのでは?」
「人攫いとは人聞きの悪い…!彼らは単なる護衛ですよ。聖女の身に何かあるといけませんからねぇ…。…それに、問題になったところで何だと言うのです。ここは金を詰めば口を噤む商人ばかり。それに、聖女さえ手に入れば私はこんな街から直ぐにでも出て行ける。その後、この街で唯一神教がどうなろうと関係無いではないですか」
そこまで躍起になって取り繕うつもりは無いのか、途中から明け透けに語り始める。余りの言い分に教会騎士がよく従うなと思って見て見るが、騎士達は感情すら見せずに佇むだけだ。
…いや。よくよく見ればその冷たい視線には侮るような気配がみえる。ルミエを護衛する俺らに対する侮りではなく、ルミエ自身に対する侮りだ。彼らも所詮は他人種を排他する唯一神教の教会騎士という事なのだ。これでは丁寧なエスコートは期待できないだろう。
「それでは聖女をお連れしろ。…護衛は殺さないように気をつけたまえ。流石に殺しともなれば後処理が面倒だ」
その指示を聞いて教会騎士達は迷い無く剣を抜く。殺すつもりは無くても人を傷つけることに遠慮はないらしい。
「…こっちも殺すとなると面倒だ。優しく撫でるだけにしてやろう」
「…貴様。野良犬風情が汚い口を開くなよ」
先頭に立った教会騎士がその口を開く。それでも、余裕綽々に構える俺らに気を悪くしたのか教会騎士たちは剣呑な雰囲気を纏い始める。そして俺が外連味のある笑みを浮かべてみれば、嘲笑われたと思ったのか容易く教会騎士達は狙いをルミエから俺たちへへと変更する。
「野良犬とは随分な言いようだな。人の嫌がることを言っちゃいけないって神様は教えてくれなかったのか?」
「おのれ!我が神を愚弄するつもりか!?」
逸ったかのように斬りかかって来た騎士に合わせるように風で加速して懐にへと飛び込む。騎士は俺の体が邪魔をして振り上げた剣を振り下ろすことができない。咄嗟に俺から距離を取ろうと後ろに身体を傾けると同時に、俺はその軸足を片手で抱え込んだ。
そしてついでと言わんばかりに斜め上、騎士の顎に向けての掌底打ち。すると、いとも容易く騎士は仰向けに倒されることとなる。
騎士が俺らとの間に倒れたことで、他の奴らの足並みが乱れる。俺はその隙に懐から取り出した小袋の中身をぶちまけた。
「あぁ…。金貨が風に乗って消えてゆく…」
俺の悲しげな声と袋の中身は風に乗って、騎士の顔にへと流れ込んだ。…この街だからこそ安かったのだが、結構な値の張る品だ。こういう風にも使えると多めに買っておいて助かった。
「なぁ!?これは…ッ!?火の実の粉末か!?」
「貴様ァ!戦いを何だと思っている!」
「悪いね。人の嫌がることは率先してやれって教わってんだ」
火の実はいわゆる唐辛子のような香辛料だ。もちろん、目に入ろうものなら粘膜を刺激してまともに開くことすらできなくなる。もしかしたら狩人が相手ということで砂などの目潰しは警戒していたかもしれないが、風魔法を使った香辛料のお届け物はサプライズになったらしく、彼らは涙を流しながら喜んでいた。
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