第358話 三つの関門

◇三つの関門◇


「とにかく、早くにでもこの街を出たほうが良いだろうな。本当はもう少し状況を見極めたいところだが…」


 俺は応接室の中にいる面子に向けて語りかける。勇者とやらがどんな奴かは知らないが、あの司祭の口ぶりからして、強引に身柄を確保しようとしてくると思われる。これから更に状況が悪くなる予想なのにゆっくりと事を構えているわけにはいかない。


 しかし、俺の言葉を聞いてもカプア修道女やルミエールさんの反応は鈍い。何か問題があるのかと俺は首を傾げてみせた。


「…そのぉ。実は私…、まだ出国許可が下りてなくて…」


 両手の指先を突き合わせながら、申し訳無さそうにルミエールさんがそう呟いた。


「その…、ブルフルスの行政については詳しくないけど、審査が厳しかったりするの?」


「いいえ。むしろ緩いぐらいでしょう。なんていったってここは貿易商の多い街ですから。…恐らく、ルミエールを手放したくない者が金を積んでいるのでしょう。なんど私が出向いても本人を連れて来いとしか返ってこないのです」


 事情を聞いてみれば、委任状を携えてカプア修道女が行政府を訪ねても、細かいところにケチをつけて彼女の出国許可証を発行しないのだとか。果ては本人を連れてこないと発行しないと言っているそうだ。もちろん、カプア修道女が言うには本人不在でも出国許可証の申請は可能で、通常であれば問題なく発行されるらしい。


「…サフェーラを頼れば後からでも入国許可は下りるでしょうけど、そうすれば亡命扱いになりますわ」


「それだと、ほとぼりが冷めた後でもブルフルスには帰ってこれなくなっちゃうよ。できればルミエールさんのためにも出国の手続きは済ましておきたいよね」


「その、私もできればここに戻って来たいです…」


 ここが国内の町なら夜の闇に乗じて誰にも知れず抜け出すという手も取れるのだが、やっかいなことに他国であるブルフルスは入出国に手続きが必要だ。…俺も流石にまだ若い少女に亡命を決断させるのは気が引ける。


「他にも問題がありまして…、まず関所の兵士がそこまで信用できません。このとおりルミエールは目立つ竜人族ドラゴニュートなので、誰かしらの息が掛かっていた場合、確実に止められるでしょう。そして、何より渡し舟を営んでいるのは竜讃神殿の氏子ばかりなので、安全に河を渡る術がないのです」


 つらつらと、カプア修道女は問題点を挙げはじめる。まさしくブルフルスはサンリヴィル河が作り出した天然の要塞であり監獄だ。問題の多い状況にルミエールさんはより肩身を狭くして縮こまっている。…もちろん、自力で解決できる簡単な問題でないため俺が呼ばれたのであろうが、思いのほか問題点が多い。


 中々通らない出国許可。不信感のある関所。向こう岸に行くために必要な渡し舟。そしてこちらに向かっているらしい勇者の存在。俺は椅子に深く腰掛けながら、方針を整理するために言葉を紡ぎ始める。


「…最終手段は俺らが護衛しながら夜間に外壁と河を突破。メルルの水魔法を使えば渡河も問題ないだろう。外壁もタルテの土魔法で強引に突破できる」


 デメリットは不法出国と不法入国であること。ルミエールさんだけでなく、俺らまで犯罪者あつかいになる可能性が高い。


「本当に最終手段だね…。それは、それこそさっき言ってた勇者って人が乱暴な手段を取り始めてからでいいんじゃない?」


「そうですわね。多少の危険性はありますが、だからこそ緊急避難というお題目が成り立ちます」


 何者かに襲われて仕方なく国を出て安全そうな向かい岸に避難した。客観的にそう見えても仕方が無い状況であれば、確かに後から手続きをしてもらうことも可能だろう。


 俺らが強引な手法での脱出を練り始めたからか、ルミエールさんは悲壮に染まった表情を浮かべる。…もちろん、俺らも初っ端から今言ったことを行動に起こすつもりは無い。まずは正攻法でこの街を出ることが優先だろう。


「最終手段はそうするとして…、まずは正規の手続きで国を出てみるか」


「そうですね…。今日はもう遅いですから…、明日の朝一番にルミエールさんの出国手続きをしにいきましょう…!」


「その…、ルミエールを連れて行けば素直に手続きしてくれるでしょうか?」


「わかりませんわね。…ですが、流石に役所でいきなり襲撃されてたり拘束されることは無いでしょう。拘束される可能性があるのは…」


「関所だな。難癖をつけられて取調室に連れて行かれる可能性もある…」


 清廉潔白な門番というのはそこそこ珍しい。王都などの規律の厳しい所を除けば、賄賂なんてものは平気で横行しているのだ。うちのメンバーも旅路では不必要なボディチェックをされそうになることもあったほどだ。もちろん、そういった輩は銀級の狩人証を見ればギルドとのトラブルを嫌がって押し黙るし、中でも性質の悪い輩はメルルがお手紙を書くことで次の日には見なくなる。


 このブルフルスの街に入国した際に受けた入国審査を踏まえるに、そこまで規律が乱れているとは思えないが、カプア修道女が心配してるように鼻薬を嗅がされている可能性も無視できない。…だが、まぁこの面子であれば何とかすることができる。もしかしたらサフェーラ嬢はこういった展開も読んで俺らに依頼した可能性もあるな。


「関所の方はこっちで何とかする。明日役所に行ったら直ぐにでも出発するぞ。…旅立つ準備はできてるのか?」


「は、はい!いつここも襲われるか分からないので、荷物も既に纏めてあります!」


 俺が訪ねかければ、ルミエールさんは張り切って答えてみせる。自分の置かれた状況に困惑はしているものの、めげている訳ではないようだ。


「それじゃ、ルミエールさん宜しくね。大丈夫。さっきハルトも言ってたけど、もし状況が悪化しても私達がどうにかするよ」


「明日は忙しくなりますから…!今日は十分休んでくださいね…!」


「よ、よろしくお願いします!あのあの、ルミエで良いですよ!…皆さん先輩になるんですよね?」


 自己紹介の時には名前しか述べていないものの、オルドダナ学院の生徒であることは仄めかしている。護衛がそう自分と歳の変わらない者ということに不安感を抱いてもおかしくは無いのだが、タルテの存在が大きいのか意外にも俺らのことを信頼してくれている。ルミエは自分自身に活を入れるように、胸の前で両拳を握り締めた。


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