第357話 宗教家の口喧嘩

◇宗教家の口喧嘩◇


「聖女が居るのは分かっているのだぞ!聖女の価値を分からぬ貴様らに任せてられるか!」


 部屋の扉を小さく開くと、騒がしい声が教会の入り口の方向から飛び込んでくる。隙間から覗いてみれば、入り口の方では数人の男達が教会に押し入ろうとし、それを光の女神の教会の修道士が押し止めているのが見えた。光の女神の教会の修道士はまだ年若く、それこそ身を盾にするようにして教会の入り口を塞いでいる。


 騒々しい声の主は押し入ろうとしている者達の中央にいる初老の男で、いやに煌びやかな法衣を纏っている。…胸元に描かれている意匠から唯一神教会の所属だと分かる。俺らの国であんなものを着ていれば、おめぇさては唯一神教徒だなぁ?と即座に喧嘩を売られるため、実際に見るのは初めてだ。


「何度言おうとあなた方に聖女を会わすわけには行きません!第一、あなた達が聖女と呼ぶ子は竜人族ドラゴニュートなのですよ!?他種族を迫害するあなた方に任せられるわけ無いじゃないですか!?」


「平地人しか認めのはガナム帝国などの根本主義の者達だ!我らは他種族の権利もある程度は認めておる!」


「ある程度と言われて納得できるわけないでしょう!」


「それは只人の場合だ!聖女ともなれば平地人とも変わらぬ階位を望めるはずだ!…もちろん私の後援があってのはなしだがな」


 入り口では唯一神教会の教徒と光の女神の教会の修道士が唾を飛ばしあう勢いで言い争っており、静謐な教会の内部に、耳障りな叫び声が響き渡る。


 唯一神教会の教徒達は武装していないため、武力行使をするつもりは無いのだろうが、今にも乱闘が始まるのではないかというほど白熱している。


「ほら見なさい!彼女を道具のように使役する魂胆が透けて見えるではないですか!」


「そもそも、竜人族ドラゴニュートに聖女の力が与えられたことこそ、それを人々の奉仕のために使って亜人の罪を雪げという神の思し召しではないか!それを邪魔するという事は余計に聖女を苦しめることとなるのだぞ!」


「何が罪ですか!それはあなた方が勝手に言っているだけでしょう!」


「我が教義を愚弄するつもりか!?」


 …確か唯一神教会が平地人至上主義なのは、平地人ことが神の写し身であり、他の種族は平地人の成り損ない。天地創造の際に神に不敬を働いたから、罰として不完全な形でこの世に生れ落ちたという教えだったはずだ。


 もちろん、そんな教義であるため平地人以外には嫌われている。というか神代の時代から血脈を継いでいる古い種族が存在しており、その途中で何度も文明が崩壊している平地人が天地創造を語ったところで信憑性が薄い。


「教義を押し付けないで頂きたいと言っておるのです!唯一神教の教徒ならまだしも、彼女は竜讃神殿の巫女なのですよ!?」


「ふん…!所詮は竜を神などと詐称している無知なる宗教ではないか。この世は神が創りたもうたのだから、竜も神の創造物に過ぎないのだよ。…光の女神という不完全な神もどきもな」


「はぁ!?そんな事を言ったら貴方達の言う神だって歴史の浅い不確かなものではありませんか!…第一、全知全能の神というものが胡散臭い!仮に全知全能の神が居たとしても、それならば貴方達は何のために存在しているのですか!」


「それは無知な人々に教えを広め、導くために決まっているだろう!」


「だから、全知全能な神ならばそれは不要と言っているのです!教えを広める必要が在るならば、人を創造した時点でそうするでしょう。何たって全知全能なのですから」


 段々と話題が聖女から離れ、互いの宗教批判にまで発展していっている。どういう状況に転ぶかは分からないため、俺は身を潜めるようにして成り行きを見守る。


「…あの初老の男がブルフルスの唯一神教会の司祭です。…まだマシな部類なのですよ。彼の信仰心自体は本物なので…。いえ、だからこそ余計に性質たちが悪いのですが」


 背後からは注釈をするようにカプア修道女が声を掛けてくる。その間にも騒がしい声が教会のホールの反響しながら俺らの元に届いている。


「神は必ずしも人をお救いになる訳ではない!それを少しでも救われる人を増やすために私達が人々を神の目に留まるように導いておるのだ!」


「何故そうするのです?全知ならば導きの有無に関らず救うべき人を見極めるはずでしょう!」


「それは人が不完全だからだ!この世でいかに魂を磨くかで死後の行方が変わるのだよ!」


「さっき神が世界を作ったと言いましたよね!?ならばなぜ人を最初から完全に作らなかったのです!神が不完全だからこそ人も不完全なのです!」


「…なんと恐ろしいことを言うのだ…。神の所業を疑うとは…。お主…地獄に落ちるぞ…?」


 唯一神教の司祭は信じられない者を見るような目で慄きながら若い修道士を見詰める。神の教えを利用して脅しているのではなく、本当に地獄に落ちると思っているのだろう。その恐れで口論の熱が冷めたのか、唯一神教の司祭は落ち着くように息を吐き出した後、若い修道士の目を見詰めた。


「…これが最後の忠告だ。聖女の身柄を私に引き渡しなさい。…この前、ノードリム助司祭がネルパナニアに居る勇者に声を掛けたと言っただろう。その勇者がもう近くまで来ておる。勇者が来ればこんな丁寧な話し合いなどにはならないぞ…」


「…お引取り下さい。たとえ何があろうとも、光の女神の教会がすることは変わりません」


「…もし聖女が心変わりするようなら、直ぐに私を呼びなさい。所属が唯一神教会に移りさえすれば、勇者もノードリム助司祭も多少は押さえ込めるだろう」


 先ほどまでの怒鳴り声とは違い、落ち着いた低い声で司祭は呟く。そして、それでもなお応じない修道士の回答を聞くと、溜息と共に言葉を吐き出し踵を返して教会を後にした。その背中には、憤りではなく後悔するような様子が見て取れた。…一応はトラブルが収まったため、俺はそのまま応接室の扉を閉め、応接室の中に向き直った。


「…勇者ってなんだ?」


「聖女の対になる存在ですよ。細かい条件は知りませんが、武力に秀でて見目の良いものが任命されるそうですよ。むしろ勇者として特権を与えることで武力を外から仕入れていると言ったほうが正しいでしょうか…」


 俺が司祭が最後に言った単語について尋ねると、カプア修道女が答えてくれた。聖剣に選ばれた存在だとか、前世の記憶を持つ者だとか想像したが、単なる優秀な戦闘能力を持つ者を勇者と銘打ってヘッドハンティングしているらしい。


「勇者が来れば強引にルミエールを娶ろうとするでしょうね。それが彼らの普通ですし、なにより執着している聖女の魔法は家族や恋人の方が格段に効果が強くなります。…強引に娶ったところで意味がないというのに…」


「あー、聖女の魔法は回復系なのか…。それで魔法抵抗を落とすために結婚しようとしてるのか…」


 回復の為の魔法であろうとも、人は無意識の内に抵抗レジストしてしまう。だが、親密な者や長く一緒にいる者であれば魔力が馴染んでその抵抗が弱くなるのだ。


 カプア修道女と俺の台詞を聴いて、ルミエールさんは嫌なことを想像したのか、苦い物を食べたような顔を浮かべて硬直している。そして、彼女を慰めるためか、タルテは彼女のきつく握られた手に自分の手を添え、優しく背中を撫でてあげていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る