第356話 竜人の聖女
◇竜人の聖女◇
「ルミエール…、落ち着いたかしら?まったく。どうしたというのですか…」
タルテに対して挙動不審に陥っていたルミエールは応接室の椅子に座らされて、暫くの時間を要したのちに漸く落ち着きを見せた。しかし、それでも完全には平静を取り戻していないようで、チラチラとタルテの様子を窺うように視線を向けている。
カプア修道女は何かを疑うようにタルテを見るが、彼女の頭に生えている立派な巻角を見て、何か納得したのか深くは追求してこない。表向きは羊人族という事にしているが、金属のような虹色の光沢をもつ彼女の角は見る人が見れば羊人族ではないと分かってしまう。ルミエールの反応を見て、タルテも
「それで、彼女…ルミエールさんが護衛対象。…目的は王都までの護衛…、厳密に言えばこの街の勢力圏内からの脱出…。それで間違いありませんね?」
「は、はい!よろしくお願いしますぅ…!」
俺が尋ねかければ、勢いよく姿勢を正しながらルミエールさんがそう答える。タルテに気圧されてるせいで気弱そうな印象を受けるが、護衛される状況でありながら目には怯えの色は見えないため、そこまで臆病と言うわけではないらしい。
「それで、彼女はどうして狙われているのでしょうか?敵対勢力も教えていただけると嬉しいのですが…」
それでも緊張しているルミエールからは状況を聞きだすことが難しいと思ったのか、ナナがカプア修道女に話を振るう。
「もともとルミエールは孤児なのですが、サンリヴィル河の古い一族である
そしてカプア修道女は滔々と話を語り始める。
巫覡として過ごしていたルミエールに転機が訪れたのは約一年前。竜讃神殿では彼女の水魔法が重要視されていたのだが、彼女には光魔法の適正もあったのだ。そのために光の女神教会にも光魔法の修練のために顔を出していたところ、その光魔法の適正の高さから上級治癒師としての資格取得を勧められ、資格を取得するために王都の教会に出向くことになったのだ。
そして、そこでサフェーラ嬢に声を掛けられたのだと。彼女にオルドダナ学院に入学し広く学ぶことを薦められ、ルミエールさんはそれを了承したのだ。
「わざわざ王都で審査したのですか…?ここからなら…もっと近い場所で審査できると思いますが…」
「そ、その時は都合がつかないとかで、王都まで行くことになったんです。旅費も出してくれたので私は助かりましたけど…」
…素朴な疑問にタルテが首を傾げる。おそらく、彼女の情報を入手したサフェーラ嬢が、そうなるように手配したのだろう。都合よくサフェーラ嬢と出会うというのもでき過ぎている。
「あのお嬢様は恐らくこの子を自分の国に引き込みたかったのでしょう。成人と共に両親と同じ国籍を取得するのが主流ですが…、この子は孤児ですので選択することができますので」
「わ、私はそれで決心がつきましたので良かったです。王都に行ったおかげで自分の目で街の外を見れましたし…」
サフェーラ嬢の企みにはカプア修道女も気がついているのか、呆れたように声を吐き出す。
「それで、ルミエールさんは冬開けにオルドダナ学院に入学すると言うわけですよね?何故狙われるような状況に?」
「…狙われてるのは、私の魔法がばれちゃったからだと思います」
ルミエールさんは申し訳無さそうに俯きながら、小さくそう呟いた。
「…ルミエールは唯一神教会の者が重要視している聖女の魔法が使えるのです」
「聖女の魔法…?」
「ええと…。光魔法の一種ですね…。光の女神教会では上級の光魔法の一つとして扱っていますが…、唯一神教会では特別扱いしているそうです…」
説明が不足していたルミエールさんの発言をカプア修道女が細くする。聞きなれぬ単語にナナが首を傾げたが、今度はタルテが補足するように説明をしてくれた。
つまりは特別な魔法を有している彼女のことを唯一神教会が欲しているということだろうか。ブルフルスの街は国外だけあって唯一神教会の勢力も強い。そのため、彼女はここから身動きが取れなくなってしまったのだろう。
「あの…私が悪いんです。禁止されていたのに聖女の魔法を神殿で使っちゃったので…」
「…確かに軽挙妄動ではありますが、アレは仕方が無いでしょう。…テルマ神殿長はあなたの親のようなものですからね…」
落ち込むルミエールさんをカプア修道女が慰める。だが、その言葉に引っ掛かりを覚える。それに竜讃神殿に本籍があるであろう彼女が、光の女神の教会に匿われていることも不自然に思えてしまう
「もしかして、情報は竜讃神殿から漏れたのか?」
「…それが面倒なところでして、竜讃神殿内部にも彼女がこの土地を離れるのを快く思わない勢力が在るのですよ。そして、敵の敵は味方と言いますか…教義において相反している唯一神教会と通じる輩もいるようで…」
俺が呟いた言葉をカプア修道女が拾う。彼女の言葉を聞いて、ルミエールさんは悲しそうな顔をして俯いた。彼女からしてみれば、自分の味方と思っていた人たちに狙われてもいるのだ。そのような顔にもなってしまうだろう。
「つまり、彼女の身柄を狙っているのは唯一神教会と竜讃神殿の一部の者ということでして?」
「…それと、その者達に焚きつけられた者達ですね。この街では金で動く者も多いですし、土地柄、潜在的な竜讃神殿の信徒が多くいます。今この街はルミエールの身柄を優勝旗とした宗教戦争が始まりつつあるという状況です」
カプア修道女の言葉に、思った以上に面倒な問題になっていると頭を抱えたくなる。彼女が言っていた街の者は信用できないという言葉は、この状況から来ているのだろう。
「その、ごめんなさい。私のせいで…」
「もとよりこの街は習合のできていない宗教を強引に詰め込んだ街ですからね。いずれはこのような問題も表面化したことでしょう。あなたの責任ではありませんよ」
商売に重きが置かれているため争いに発展していなかっただけで、目に見えぬ宗教的な小競り合いはそこらかしこで起こっていたということだろうか。商売人としては異教徒であってもお客様だが、街に住むのは商売人だけではない。街が大きくなることでその商売人以外も増えたことで小競り合いでは済まなくなったのだろう。
さて、どうするべきかと俺は椅子の背凭れに寄りかかりながら思考に耽るが、その思考を止めるようにどこからか風に乗って声が聞こえてくる。
「…どうやらお客さんが来たようだぞ」
俺がそう呟くと、妖精の首飾りの面々の手が武器に伸びる。俺は立ち上がるとゆっくりと応接室の扉を開き、外の様子を窺った。
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