第355話 サフェーラの蒐集癖

◇サフェーラの蒐集癖◇


「そこの者。今日の公祈祷は終わりましたよ。個人的な礼拝なら、右手の礼拝堂を使用してくださいな」


 俺らが聖堂の奥へと足を進めると、柱の影から修道女がこちらに向かってくる。所作や言葉は丁寧なのだが、釣り目がちの彼女の目にどこか刺々しい印象を感じてしまう。彼女の視線が警戒するように俺らに注がれていることも要因の一つだろう。確かに武装した俺らは彼女からしたら十分な警戒対象であることも頷ける。


 彼女の視線は俺らの装備している武器の間を彷徨った後、修道服を着たタルテに注がれる。一目でご同輩と分かる格好なのだが、それでも彼女は警戒を解くことはない。


「…こちらの便りを見て駆けつけました…。今は神の徒ではなく…、旅のともがらとしてここに立っております…」


「…拝見させてもらいますね」


 タルテが彼女にサフェーラ嬢のしたためた紹介状を差し出す。正確には修道女はそれを受け取ると、俺らと一定の距離を保ったまま、その紹介状に目を通す。


「…ああ、声は確りと届きましたか。…失礼しました。援軍と呼ぶには些かお若いように見えましたので、何者かと誰何してしまいました。…あのお嬢様も後見人とするには若すぎると侮っておりましたが、人の善意を疑うのは私の不徳ですわね」


 手紙に目を通した彼女は俺らに謝罪をする。柔らかな微笑を纏うが、その目は余り笑っていない。…彼女は恐らく戦える人間のはずだ。立ち振る舞いも隙が無いし、何より俺らが若いと称しておきながら、十分な警戒心を持って俺らに接していた。若いからといって油断せずに、正確に俺らの戦闘能力を計っていたのだろう。


「私はこの教会を任されているカプアと申します。今、このような状況下であなた方のような戦士が駆けつけてくれた事を何よりも感謝いたしましょう」


 雅な所作と共にカプアと名乗った女性が頭を垂れる。それに返礼するように俺らも自身の名を述べる。彼女は教会の入り口の方を一瞥すると、俺らを教会の奥へと案内した。


 彼女は壁に掛けられていたランタンを手に持つと、石造りの廊下を進んで行く。廊下には窓が備わっているものの、子供でさえ通れぬほどの広さしかないために薄暗く、ランタンの明かりが頼りなさげに足元を照らしている。


「…あなた方も、あのお嬢様に庇護される者たちなのでしょうか?この街には両国の情報が集まってきますが、商売に関係ない事柄に関してはどうにも耳が遠くて…」


「友誼は交わしておりますが、別に庇護されているわけではありませんわ。…けれども、彼女の蒐集癖は知っております。サフェーラは自分の見つけた有能な人物に惜しみなく出資しますから…」


 暗い廊下を歩きながらカプアさんがこちらを見る事無く訪ねかける。彼女は俺らをサフェーラ嬢が囲っている私兵のような存在だと思ったのだろう。完全に間違いと言うわけではないのだが、あくまでも関係性は対等なものだ。どちらかと言えばイブキがそれに当たる存在だろう。


「今回の護衛対象はサフェーラ嬢に見込まれた人物ということでしょうか?」


「あら、そこは聞いていないのですね。その子…、ルミエールと言うのですが、優秀な子であるためあのお嬢様に王都へと誘われたのですよ。あまり、国外に伝は無かったのですが、彼女が動いてくれて安心しました。…いま、この街に信を置ける者は少ないので…」


 気疲れのせいか、あるいは本当に疲れているのか、彼女は疲労の色を出しながら目頭を押さえる。そして、そう語ってるうちに目的地の部屋へとたどり着いた。


 修道院として運営されているであろう教会内の宿舎。重厚な石造りの壁に、これまた分厚い鉄鋲の打ち込まれた木の扉。カプア修道女はその扉を揺らすようにノックした。


「ルミエール。あなたの味方が辿り着きました。…鍵を開けてください」


「は、はい!今開けます!」


 鍵を開けているであろう金属音が鳴った後、重厚な扉が軋む音を響かせながら開かれる。そして部屋の中の明かりに照らし出されるようにして、そこに匿われている少女の姿が露になる。


 背はそこまで高くなく、怯えたように縮こまっているためより低く見えてしまう。何より目を引くのが水色のストレートヘアから覗く鹿や日本の龍のような小さな角。そしてタルテやカプア修道女とは少し赴きの異なった白い修道服の下からは、蒼い鱗を備えた尾っぽが伸びている。また、民族的な化粧なのか、目の下には群青の染料が塗られている。


 …竜人ドラゴニュート。竜の特長をその身に宿す神秘に包まれた人種の一つだ。人種の坩堝である王都であっても竜人ドラゴニュートは珍しく、もしかしたら二桁も存在していない可能性もある。


「あの…、味方ってサフェーラ様が手配して下さったってことでしょうか…?」


「ええ。彼女の紹介状が在りました。中に書かれていた人相とも一致してるので、間違いないでしょう」


 ルミエールと呼ばれた竜人ドラゴニュートの少女は、カプア修道女に尋ねかけた後、俺らの方へと視線を向ける。そして、その視線がタルテに向いた瞬間にビクリと身体を震わせてから硬直した。


「あ、あ、あ、あの…。あなた様は…」


「…ルミエール?どうしました?…もしかして知り合いなのでしょうか?」


 態度を豹変させたルミエールにカプア修道女が声を掛けるが、彼女は凍りついたように硬直している。俺も何があったのかと首を傾げるが、苦笑いと共に頬を指先で掻いているタルテの様子を見て、何が起きたのか察しが着いた。


 ルミエールと言う名の少女が竜の特長を持つ人間である竜人ドラゴニュートならば、タルテは人の特長を持つ龍と言うべき豊穣の一族だ。ある意味では上位種族とも言っていい。竜人ドラゴニュートが持つ竜の因子が、タルテの種族が何かを感じ取ったのだろう。


「あの…。取りあえず…お話を聞かせてもらえませんか…?」


「は、はいぃ!す、直ぐにお話いたします!」


 タルテが声を掛けると、ルミエールは慌てたように部屋の中から飛び出してきた。その様子にカプア修道女は何事かとその細い目を見開いた。


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