第353話 国境都市ブルフルス

◇国境都市ブルフルス◇


「ハルト。見えてきたよ!ようやく船旅も終わりだね!」


 船の進行方向に見えてきた建造物の姿を見て、ナナが嬉しげに指を指し示した。その声を聞いて、周囲にいた俺ら以外の乗客も、体をほぐすかのように動かし始める。


 やはり慣れとは怖いもので、始めは初めての船旅にどこか落ち着きが無く浮き足立っていたナナも、乗船時間が数時間を越えたあたりで飽きてしまったのか到着を心待ちにしていたのだ。サンリヴィル河の風景がどこまで行っても似たような光景が続いているということと、動き回ることを禁止され、ひたすら客席に座っていたため、そんな風景ですら満足に観賞できなかったことが大きいのだろう。


 多分、一時間も座っていたあたりで、これ乗合馬車と変わんねぇなと気がついたことだろう。その思いはメルルやタルテも同じようで、メルルは気を休めるように息を吐き出し、タルテは目を強く瞑りながら両手を掲げて伸びをしている。


「随分、城壁が厚そうだな。商人の町じゃないのか?」


 ナナの指し示したブルフルスの街の外観を眺めながら俺は呟いた。


「お金が集まるんじゃ、自衛手段は必要じゃない?ほら、海賊なんかも来る可能性がありそうだし」


 俺の呟きをナナが拾う。ブルフルスの街は中州に建てられているとの事であったが、サンリヴィル河の川幅が広大であるため、中洲というよりはさながら島のようだ。そして、少ない土地を目一杯使うためか、河を埋め立てるように島の周囲はぐるりと城壁に覆われており、その城壁から桟橋が放射状に伸びて、多数の船舶がそこに接舷している。


 賑やかで、どこか粗雑なアジアンマーケットを想像していたのだが、その厳つい見た目はさながらモンサンミッシェルを思い起こさせる。しかし、完全に間違いと言うわけではないようで、接舷している船からは大量の商品が行き来し、罵声にも聞こえるほどの大声がそこらかしこから響くことで喧騒というなの活気が満ち溢れている。


「見てください、あれが誘導旗ですわ。所属する国によってここから西と東に選り分けられるそうですわね」


 ブルフルスの川上には灯台のような尖塔が飛び出しており、そこでは旗を持った人間が航空管制官のように船を誘導するように支持を出している。サンリヴィル河はここで左右に流れが別たれる。中州と言ってもひとつの街が収まるほど巨大であるため、どちらが本流かで呼称の争いも在ったそうだが、結局は西サンリヴィル河、東サンリヴィル河と別々の呼び名で呼称されている。


 ここからではまだ見えないが、西サンリヴィル河と東サンリヴィル河はブルフルスを回り込んだところで再び合流し、そしてすぐさま海に流れ込んでいるらしい。船長曰く、海に至るまでは水深も十分に在るそうで下流側には海洋船用の港も配備されているとか。


 当初思い描いていた粗雑なアジアンマーケットという想像は、どちらかと言えば西サンリヴィル河と東サンリヴィル河、それぞれを挟んでブルフルスの街の対岸に形成されている船着場のほうだろうか。そちらはそれぞれの国に入るための係留所兼関所の役割を担っており、多数の人々が行き来するためか、小規模ながらも街が形成されている。それこそ、ブルフルスが城壁で覆われているため城下町のようにも見えなくは無い。


「おう。検問所に入るぞ。言っておくが陸についたからといってあんまり動き回るなよ?関所破りとみなされて投獄されるからな」


「ハルト。聞いてたよね?気をつけてよ?」


「俺をなんだと思ってるんだ…。そんなしゃれにならないことするかよ」


「何を言ってるんですか。船に乗るとき係員の指示を無視して水棲馬ケルピーに寄って行ったじゃありませんか。…まったく、蝶々に誘われる幼子じゃないんですから…」


 今までは長閑な船旅であったが、ブルフルスに至ったことで、今いる場所が国境なのだと改めて思い起こされる。船員の指示を聞いたナナとメルルがからかうように俺を責めるが、あれは船員の誘導は悪かったのだ。…なお、俺と一緒に奇蝶カタバネアゲハめずらしいちょうちょうを追いかけた前科のあるタルテは苦笑いで済ましてくれている。あの蝶は薬の素材になるからな…。


 城壁の下にぽっかりと開いた半円状の水路に船はゆっくりとその船体を滑り込ませる。水路は蒲鉾のような形状になっており、縁には物揚場としての岸壁が備え付けられている。そして案内されるがままに船はその岸壁に接舷した。水路の内部は薄暗く、まるで密入国をしているようにも思えるが、一応は正規の入り口だそうだ。風力に寄らない機動力を持つ中型船舶は、基本的にこの地下港ともいえるような場所に通されるのだとか…。


「それじゃあな…。元気でやれよ…」


「えへへ…。可愛いお馬さん達ですね…。わぁ…意外と堅い毛なんですね…」


「…普通、俺に目もくれず水棲馬ケルピーに挨拶をするか?」


 俺は船を下りると、タルテと共に繋がれていた水棲馬ケルピーに別れを告げる。人懐っこい水棲馬ケルピーは水面から顔を伸ばして別れを惜しむかのように俺の手に頬を摺り寄せてくれる。水棲馬ケルピーが他人に懐くことに船長が苦言を呈すが、俺はそれを無視して水棲馬ケルピーをなで続ける。


 流石に荷降ろしの指示で忙しいのか、船長は達者で過ごせと一言告げると足早に船上に戻っていく。そして忙しいのは検問所の係員も一緒のようで、入国審査を受ける者は早くこちらに並べとやや乱暴な声が掛かる。


「手形は狩人ギルド発行のものと…、これはマリガネル伯爵家のものか?」


「ええ。ネムラからこちらに向かってきましたので、折角なので一筆頂きました。ちょうど領主家の依頼を完了したところでしたので」


「…本物のようだな。行っていいぞ」


 検問所は厳重であったが、審査自体はそれこそ国内の関所と大差ない。これはブルフルスが二つの国に挟まれた都市国家でありながらも、歴史がまだ浅いため住人の大半がどちらかの国籍を持っているからだ。最近はブルフルス生まれ、ブルフルス育ちという者も増えてきたそうだが、成人する段階で両親と同じ方の国籍を取得するのだとか。


 念のため、マリガネル伯爵が身分を保証する手紙を認めてくれたが、この分では必要なかったかもしれない。一応は他国であったため念を入れて用意してもらったのだが、立ち居地としては自治領が近いのかもしれない。


「うわぁ…。賑やかな街だね。売っている物も、見たこと無いものがいっぱいある」


「外は要塞みたいな見た目だが、中身はまさしく商人の町だな」


 暗い階段を登って地上に出れば、光が差し込むと同時に喧騒が一際大きくなる。路には様々な露店が所狭しと並び、色とりどりの商品が視点を強引に奪っていく。二国間を結ぶ国境都市でありながら貿易都市。ブルフルスの街並みが俺らを出迎えた。


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