第349話 犠牲になったのだ

◇犠牲になったのだ◇


「ハルト様!大変ですわ!」


 マリガネル伯爵に面倒な報告を終え、王府の研究機関から調査員が派遣される頃になると、ミドランジアの死骸が見つかったことは街中に知れ渡っていた。ここの街の住人であれば、誰もが一度は聞いたことのある伝説が現代に蘇ったとあって、狩人界隈だけでなく街全体がざわめくように活気づいていた。


 一方、騒がしくなる街とは対照的に、俺らは平穏無事な毎日を過ごしていた。孤児たちにリーガングロックの探窟禄を受け継いだガイシャが大冒険の果てにミドランジアの死骸を見つけ出したと話してやり、その話が広まり始めた頃にマリガネル伯爵からの指名依頼が出されたことによって、ガイシャは一躍街の英雄に踊り出たというわけだ。


 もちろんガイシャは弁明をしようとしたが、既に広がった噂には収拾がつかない。なまじオーベッドに関することに緘口令が掛かっているため、一から十まで冒険の全てを語るわけにはいかないということも噂を払拭できない要因になっている。


 それでも、世間は新たな英雄の誕生に喜び、マリガネル伯爵は手駒と成る狩人を手に入れ、俺らは平穏を味わうことができている。つまり、世間体もよく、ガイシャを売った俺らにも都合がよく、買ったマリガネル伯爵も得をしている。いわゆる、近江商人が重視した三方善しと言える状態だ。何も問題は無い。


 そんな平穏を打ち破るように、まるで神田明神下にある銭形平次の長屋に、子分の八五郎が走り込んでくるかの如く宿に駆け込んで来たのはメルルだ。彼女の手元には手紙の束が抱えられており、それが大変な理由なのだろう。恐らくは狩人ギルドに届けられた俺ら当ての手紙なのだろうが、その手紙の量を見て俺は首を傾げる。


「どうしたのメルル?そんなに慌てて」


「これです!これを見てくださいまし!」


「俺らへの手紙か?わざわざネムラに送ってくるってことは緊急の要件ってことか…」


 見知った間柄の人間には冬場はネムラにフィールドワークに行くことを話しているため、基本的に手紙なんかは送ってこない。すれ違いに成る可能性も高く、手紙が来たところでフィールドワーク中の俺らは対応できないからだ。貴族のナナとメルルには時候の挨拶が送られることもあるが、そんな手紙は実家に送られ、わざわざ狩人ギルドを経由してまで届けはしない。


「お母様が…!お母様が私のネックレスを…!」


 俺はメルルの突き出した手紙に目を通すが、そこには俺の冬の成果の一つが行き着いた先が書かれていた。

 ガイシャを生贄に捧げ平穏を召還した俺らは、狩人生活を止め各々のレポート作製に取り組んでいたが、俺の場合はミドランジアの初期報告書がレポートとして受理されたため、貸し工房に篭って彫金ギルドに提出するための作品制作に勤しんでいたのだ。


 そして作り上げた現状での最高傑作。中央に深い青のサファイアを置き、その両隣に一回り小さく僅かに青みの薄いサファイア、更にその両隣により小さくより青みの薄いサファイア、更にその両隣に…とサファイアを並べていくサファイアで作った青のグラデーションのネックレス。


 このネックレスを作った切欠はミドランジアの中から出てきた宝石だ。恐らくはテルミット反応で熱処理が成されたのか、その中から出てきた宝石は驚くべきほどに発色と透明度が高かったのだ。特にサファイアは東山魁夷の絵画の如く、濃厚でありながら透明感のある青を醸しだしていたのだ。


「…あのネックレスはメルルのお母さんに渡ったのか。ご夫人の御眼鏡に適ったのは光栄ってところかな」


「何を言いますの!このような無体な行為が許されるものですか!」


「これなら私が貰ったほうがよかったんじゃ…」


 メルルの握る手紙は彼女の母親からメルルへの手紙であり、要約すると素敵な贈り物をありがとうと書かれている。一見すれば感謝の手紙だが、それだけであればメルルも怒ったりはしない。


 …彫金ギルドに提出した作品は評価のためのものであるため、その後の販売先は俺の自由となる。そのため、そのネックレスを巡ってナナとメルル、そして意外にもタルテが参戦して争ったのだが、青が似合うのはメルルと言うこともあり、結局はメルルが勝ち取ったのだ。


 そのため提出後はメルルの実家に送られるように手配したのだが、どうやらそのまま夫人の宝石箱に納められたらしい。それも単なる手違いや勘違いで夫人に渡ったのではない。夫人からの手紙にはメルルの私物であることを承知の上で頂くという臭わせがある。


 要するにネックレスは徴収されたのだ。それは母親が預かったお年玉と同じで、帰ってくる見込みは極端に少ない。メルルをおちょくるためにその手紙をわざわざネムラに送ったことを考えれば、中々に愉快なご母堂らしい。


「あれ…?こっちの手紙は全員宛ですね…。妖精の首飾りへの依頼でしょうか…?」


「差出人は…サフェーラさんだね。学院関係かも…」


 絶望に喘ぐメルルを他所に、ナナとタルテは残りの手紙を漁る。彼女達が注目したのはその中でも上等な便箋が使われた手紙で、差出人は学院を統べるお嬢様の名前が書かれている。…不穏なのはしっかりと封蝋が押されている事だ。そのあたりの判断は知識不足なので、俺はナナに視線を向ける。


「…彼女個人の印璽シールじゃないね。確かこの印璽シールはセントホール家のものだよ」


「個人のものと…家の印璽シールって使い分けるんですか…?」


「くぅぅううう!邪智暴虐のお母様は除かねばなりませんわ…!」


「個人的な手紙じゃなくて、サフェーラ・セントホールの立場を強調して送ってきたって事だね。…ほら、メルル…!いつまで悔しがってるの…!こっちで手紙開けるよ…!」


 母親からの手紙を破り捨てる勢いで呻いているメルルにナナが声を掛けると、ナナはサフェーラ嬢からの手紙を開ける。そこにはネムラに…、厳密に言えば東部にいる俺らへのお願いが書かれていた。


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