第347話 今回は見逃してやる
◇今回は見逃してやる◇
「…ああ、随分日の光が懐かしく感じるね。実際には五日も潜ってはいなかったんだろうけど…」
上空に広がる円い空を見上げながら、ナナは感慨深そうにそう呟いた。逆さ世界樹の下層から戦闘で草臥れた体に鞭打って登ってきたが、ようやく中層の入り口である光の原にまで戻ってくることができた。
穴の中央に向けて大きく迫出した岩棚に広がる光の原。そこはいつもの光景とは異なり、複数人の狩人が屯しており中には野営の準備を整えている者もいる。ある程度の距離を保って複数のグループが犇いている様は、それこそ花見会場のような光景だ。
「おお、ガイシャじゃねぇか!…そっちは見ない顔だが…新顔か?」
俺らがそんな光景を観察していると、その中の一人がガイシャに向かって声を掛けてくる。その友好的な立ち振る舞いから、恐らくは顔見知りなのだろう。
「ああ、スーさん。案内代わりに下に同行してたんだよ。ここじゃ新顔だが俺なんかとは比べられねぇ程の凄腕だぜ?」
「へぇ…若いのにやるもんだな。…なぁ、下層まで行ってたのか?下で何かが起きたのは知ってんだろ?情報交換といかないか?」
顔の知らない俺らがいるにもかかわらず、積極的に話しかけてきたのは情報を欲してるからであった。聞いてみれば、逆さ世界樹を揺らすほどの地揺れが起き、それに合わせるような轟音に魔物の大移動。要するにここにいる彼らは何かが起きた下層から避難してきた訳なのだ。
…その原因を知ってはいるのだが、あまり言いふらすわけにも行かない。周知させるにしても、その判断はマリガネル伯爵がするべきだろう。ガイシャもそれは分かっているのか、誤魔化すように笑って濁してみせた。
「悪いな、上に急ぐもんだからな。…スーさんもこんなとこで足踏みするなら、一端地上に帰ったほうがいいんじゃねぇか?」
「まぁそりゃそうだがよ。まだ儲けが出てねえのに上に帰るのも癪じゃねえか。それに手ぶらで帰ったらかみさんにどやされちまう」
ガイシャが二言三言言葉を交わすと、俺らは振り切るようにしてその場を離れる。さほどの間隔を開けずに上に人も戻っていっているようで、虫だらけの洞窟には煙が焚かれたばかりであり、俺らは相乗りをするようにその洞窟を通過した。
「…ねぇダーリン。悪いけど私達はそろそろお暇するわ。本当なら一緒に食事もしたかったのだけれども、生憎と依頼の期限が近いのよね」
「…構わないが、どうやって逆さ世界樹から出るつもりなんだ?その首をもって買取所を通るのは不安要素が多いんじゃないか?」
「だからこっから別行動なんだよ。俺らはこっから一般開放されてない坑道に向う。そのためにそっちの鉱夫に鼻薬嗅がせてるんだ」
「うへ、その手もあったか。そっちを使って買取所を抜けてる奴も居るだろうなぁ」
一般開放されていない坑道というのは浅層にある公営や商会に採掘権のある坑道のことだろう。あちらは中層までは直接に繋がっておらず安全性が高い。俺らが孤児向けに売り払った坑道もそんな坑道の一つだ。どうやらその一部は狩人に解放されているこの坑道とも繋がっているようだ。
ランタンに火を灯し分かれる準備をすると、ヴェリメラは名残惜しそうに両手で俺の手を掴む。そして、しな垂れるように接近してくるが、俺が後退りするよりも先に、ナナの手によって彼女の接近が防がれる。二人は牽制し合うように睨み合うが、そんな諍いをくだらないと言いたげにさっさとカクタスが先に進むものだから、ヴェリメラは悔しそうな顔をしながらも追いかけるようにして坑道の闇の中に消えていった。
「…ちょっとカクタス!少しは待ってくれてもいいじゃない!」
「なんで俺がそんなもんに付き合う必要がある。それとも俺だけで報酬を受け取りに行っていいのか?」
「はぁ!?あんた、絶対報酬を独り占めするでしょう!」
二人の影を暗闇が飲み込んでもなお、その声が反響してこちらまで届く。意外にも賑やかな二人だが、それでもだんだんと声は遠のいていき、再びあたりは静寂に包まれる。
「…一応言っておきますけど、あの二人は指名手配されてますわよ?」
「…流石に共闘して即座に捕らえるほど無粋じゃないし、なによりその元気が無い。それとも戦いたかったか?」
「まさか。第一、指名手配と言っても湧水の森の件の重要参考人ってだけですから、報酬は非常に安価で条件も
「うわ…。その条件であの二人と戦うのは割に合わないよ。…それに仲良くなっちゃったから敵対しづらいよね」
先ほどまで睨み合っていた気もするが、ナナも仲良くなったため剣を向けづらいらしい。
「あー、そうか。湧水の森の事件じゃ誰も死んでないもんな。それに軽視できない事件だったけど、俺らの証言で雇われと判断できるから…、国も大した賞金は出さないか」
指名手配に高額の賞金が出るのは被害者が出資した場合が殆どだ。よくあるのは家族の仇であるため、異様な額の身銭を切って討伐を依頼するなどのケースで、それもあって
ちなみに湧水の森の事件のように国が被害者の場合は、財布が大きいくせに賞金は雀の涙であることが大半だ。なぜなら
「え?その…、何か因縁がありそうだとは思ってたけど、あの二人ってそんなヤバイ奴等だったの?」
詳しい事情を知らなかったガイシャが今度は青ざめている。…ガイシャはミドランジアの腹に入っていた宝石をカクタスと取り合っていたもんな。本気の諍いではなかったが、言い争った相手が指名手配犯と聞いて動揺しているのだろう。
「いいから俺らも地上に向かおうぜ…。ガイシャはまだましだよ。俺らは直ぐにでもマリガネル伯爵に報告しなきゃならないからな…。考えるだけで億劫だ」
俺は辟易としたようにそう呟いた。他の面々も面倒くさいと思ったのか一様に押し黙り、静寂の支配する坑道の中に、俺の声だけが静かに響いた。
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