第346話 蛸焼きの中身

◇蛸焼きの中身◇


「嬢ちゃん…。もっと火を焚いてくれねぇか?寒くてやってられねぇよ…」


 固まったミドランジアを遠巻きに見ながら、カクタスがナナの作り出した焚き火に両手を当てている。その顔は死人のように青白く、不死者アンデッドを倒したというのに不死者アンデッドが一人追加されたようなものだ。


「こんな蒸し暑いのにまだ寒いの…?本当に大丈夫?」


 今なお穴の底では火が燻り、そこから立ち上る蒸気がもうもうと立ち込めているため、まるでサウナのように熱気が充満している。その最中で寒さに凍えているカクタスは異様な状態であり、ナナが心配してしまうのも頷ける。


 カクタスがそんなことになっているのはミドランジアを止めるために魔剣である雑種の剣バスタードソードの能力を使ったからだ。


 …彼の雑種の剣バスタードソードは、言ってしまえばだ。魔法に類するものを斬り付ければそれを剣身に宿し、更にその状態で敵を斬れば今度は敵にその魔法を付与することができる。本来であれば他者に直接魔法をかけるなど、簡単に抵抗レジストされてしまうのだが、この付与の魔剣であればその抵抗レジストを無視して魔法を宿らせるのだ。


 ミドランジアの身体が一気に硬化したのはそのためだ。魔法で作り出した冷気をぶつけたのではなく、剣の能力を使って魔法の効果をミドランジア自体に波及させたため、その肉体が瞬く間に冷却されることとなったのだ。


 …それだけを聞けば魔法切りも容易い上等な魔剣にも思えるが、デメリットも存在する。残念なことに斬った魔法を剣身に宿す際にその効果が使用者にも波及するのだ。ようするにカクタスはミドランジアと同様にメルルの魔法が強制的に身体に作用し、骨の髄から冷え切っているという状況なのだ。


「症状を聞く限り、多分タルテちゃんの光魔法で活性化したほうが効果的だとは思うんだけど…」


「向こうの作業を止める必要は無いわよ。普段はこれを私の毒魔法で使ってるのよ?毒に倒れるわけじゃない分、いつもよりマシね」


「おいおい。功労者にそれはないんじゃねぇか?」


「呪詛返りって言ってただろ…。既に燃やした時点でミドランジアは死んでた証拠だ。お前が固めたのは燃え残りだよ」


 残念ながらタルテとメルルは固まったミドランジアの浄化作業に手を割いている。メルルの闇魔法をその身に宿したことで呪いの残滓も消し飛んだらしいが、念には念をということで完全に浄化するため儀式を執り行っているのだ。


 …ナナの火魔法を雑種の剣バスタードソードで斬って、自身の肉体に付与すれば直ぐに温まるのではと提案してみたが、火魔法の付与は加減を間違えると容易く焼けてしまうらしく、カクタスは嫌な顔をしながら遠慮した。


 手持ち無沙汰になった俺はカクタスの持つ雑種の剣バスタードソードを眺める。使いづらいかもしれないが、面白い効果の魔剣だ。…俺の持つ山刀マチェットも魔剣の卵と呼ばれる魔物素材を使った剣だ。最近は育ってきたのか風を掴むのが容易くなっている。できればこの雑種の剣バスタードソードとは違って使いやすい魔剣に成って欲しいものだ。


「皆さん…!浄化が終わりました…!これでもう大丈夫ですよ…!」


 暫く待っているとタルテが意気揚々と声を掛けてくる。側から見れば特に変化は無いが、完全に浄化されたのであれば、これ以上心配する必要も無いのだろう。


「…残念ながら素材の方は駄目ですわね。塩に変える呪いも既に擦り切れ燃え尽きていましたから、触媒や武器の素材に呪いの効果を期待するのは少々厳しいかと…」


 現代美術品のように妙にシュールな形状で固まったミドランジアを背にしてメルルが苦笑いしながらそう答える。…もしその呪いが残っていれば、これまでの苦労に見合うほどの財産になるのだが、現実はそうもいかないらしい。同じ事をヴェリメラやカクタスも期待していたのか、少し残念そうな顔をしている。


「全部駄目なのか?塩を作り出す触媒なんて小国家群に持ちこみゃ貴族位だって手に入るぜ?」


「ミドランジアの生来の能力なら未だしも、後付された呪いですからね。むしろ、死体にその呪いが残っていたこと自体が奇跡的です。…それこそ神々が呪ったといっても信じてしまいそうですわ」


「てことは武器の素材としても無理かぁ。ミドランジア由来の武器なんてネムラで持ってれば英雄だぜ?触れるもの全てを塩に変えるってな。…せめて討伐の証になる素材ぐらいはねえもんかな」


 カクタスだけでなくガイシャも未練がましく言葉を紡ぐ。ガイシャは愚痴るようにしながら爪先でミドランジアの死体をつつく。強いて言えば触手の牙などは素材として使えるだろうが、元が軟体の魔物であるミドランジアは素材としての価値はそこまで無いだろう。


 どこかしら金に変えられる部位は無いだろうかと、ガイシャに続きカクタスもミドランジアの死体を探り始める。剣を通さぬほどに堅かった皮膚だが、火に焼かれたことで脆くなっているのか、意外にも簡単に崩すことができている。それこそ、一番邪魔になっているのはディップされた溶鉄の皮だけであり、そこを引き剥がしてしまえば簡単に内部を調べることができている。


「うおっ…!?くっせぇ…。この臭いを嗅ぎゃ、不死者アンデッドだったってのがよく分かるな。香草ハーブと一緒に焼いたほうが良かったんじゃねぇか?」


「こんだけでかいと調べきれねぇな…。なぁハルト。コイツの使える部位とか知らないのか?」


「使えるって言ってもなぁ…。コイツの場合、単にデカイだけで魔法的な強みも無いし…」


 ガイシャに尋ねられたため、余り気が乗らないが俺も解体に参加する。素材探しと言うよりは変異種である浮遊岳蛸スパモン・オクタルスの内部構造には少し興味がある。特にコイツの消化器官にはガスを発生させるための独自の器官である発酵嚢がついているはずだ。俺はガイシャとカクタスが牙の類を調べているのを尻目に、奴の消化器官が納まっている部位を覆っている鉄の皮膜を抉じ開けた。


 …残念なことに、死体であった上に高温に焼かれたためか、既に内臓は形どおり残ってはいなかった。しかし、それよりも予想外な物がそこには溢れていた。


「あー、そういえばコイツもタニファと同様、土砂ごと獲物を食べるタイプか…。鉱石類は塩に変わらないみたいだな…」


「お、おい…何でそんなもんが入ってんだよ…!?」


「随分発色がいいのが混じってるな…!?それに透明度も高い…!」


 抉じ開けた腹部には大量の土砂とそれに混じった宝石類が煌いていた。ダイアモンドなんかは焼失しかかっているが、熱に強いサファイアなどは鈍色の土砂の中でその姿を主張している。まるで宝箱の中に手を伸ばすかのように、その土砂に向けてそれぞれが手を伸ばした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る