第345話 火で溶け冷気で眠る者

◇火で溶け冷気で眠る者◇


「これが…私の炎…なんて綺麗な…」


 ナナが恍惚とした表情で白く輝く穴の底を見詰めている。余りにも眩いその光は穴の中を照らすどころか全てを塗り潰し、そこに居るであろうミドランジアの姿も見えはしない。…別にこれはナナの炎ではなく、アルミニウムと酸化鉄が引き起こすテルミット反応だ。


 飛行機の離陸音にもにた喧騒を撒き散らしながら、時折爆ぜるような炸裂音も聞こえてくる。蝕む水の底には多量の水が在ったため、そこらかしこで水蒸気爆発を引き起こしているのだろう。しかし、それでもその白い光が陰る事はない。テルミット反応はアルミニウムが酸化する事で光と熱を発するのだが、酸化鉄に含まれる酸素で反応しているため、水を掛けようが空気を遮断しようが反応を止めることはできないのだ。


 そして何より恐ろしいのはその熱量で、たとえ反応が収まったとしても今度は融解したアルミニウムと鉄が身体に纏わりつき、骨の髄まで焦がすこととなるだろう。


「ナナ。何を暢気に眺めていますの…!直ぐに逃げますわよ!」


「わ、待って待って。今行くよ!」


 メルルがナナの手を引きながら避難を促がす。今俺らが居る空間はそれこそピザ釜のような形状だ。七輪のように直火で炙られるよりは幾分かはマシであろうが、あまり悠長にしているとこのピザ釜で火で焼いたものフォカッチャになってしまう。


 俺らは穴から距離を取り、タルテの作り出した岩の囲いの中に逃げ込んだ。すかさずメルルもその領域に闇魔法を行使して気温を下げ、俺もその冷気が逃げぬように風を操った。穴に近い場所では蝕む水の底から溢れる熱に焼かれたのか、珊瑚状のキノコが黒く焦げて煙を上げている。


「すげぇな…。これだけの熱なら奴も流石にくたばったんじゃねぇのか?」


「ああ、今頃下で塩釜焼きになってるだろうよ。しっとりと焼きあがってるはずだ」


 重ね掛けするようにメルルが魔法を行使するが、それでも反射熱が頬をチリチリと焦がす。不思議なことに、どうやってか俺らの周囲が最後の安全地帯と気がついたのか、メルルの魔法の範囲には隠れ潜んでいた小型の魔物が群れを成すように集まって来ている。


 強烈な反応ではあるが、燃焼時間はそこまで長くは無い。一分も経てば還元反応の音も収まり、だんだんと静寂が戻ってきている。しかし、まだ下層では溶け出した金属が熱を孕んで燻っているようで、穴の中からは赤熱の明かりが放たれ、湧き上がっている水蒸気を赤く照らし出している。


「うう…。地面からも熱が伝わってきますね…。まるで鉄板です…」


「な、なぁ…これで倒したんだよな…?」


「…待ってろ。今外の空気を入れ替える。迂闊に身を乗り出すなよ」


 風を吹かせて熱を持った空気を吹き飛ばし、亀裂や外と繋がった洞穴から空気を流入させる。メルルも熱を追いやるように闇魔法で周囲を冷やしていく。冷気がより広範囲に広がったことで、周囲に集まっていた小型の魔物も、再び逃げ惑うように散っていった。


 しかし、その散っていった魔物の様子こそが、ある意味では予兆であったのだろう。俺が風で感じ取るよりも先に、彼らは次なる脅威を察知して身を潜めたのだ。


「嘘…!?ちょっとしつこいんじゃない!?」


 蝕む水の底に続く穴の中から、赤熱する溶鉄を纏った触手が間欠泉のように飛び出してくる。その触手は粘液状生命体スライムのように変化した触手ではなく、蝕む水の底で戦った蛸の姿をとっていたミドランジアの触手だ。


 吸収した死肉が燃え尽き身軽になったからだろうか、その蛸に戻ったミドランジアが触手に引き上げられるようにして勢い良く穴の縁に姿を現す。蛸に戻ったといってもその姿は変貌してしまっている。焼けてしまったのか残った触手は二本しかなく、身体は触手同様に溶鉄に覆われており、下で目撃していなければそれがミドランジアとは気がつかなかったであろう。


 まるで蝕む水の底でそうしたように、ミドランジアは触手を脚代わりにして這うようにこちらに迫って来ている。その速度は死にかけとは思えぬほど早く、最後に残った力を振り絞っているようにも見えた。


「真っ直ぐ向って来るな…!あんな状態でも俺らの位置を把握してるのか!?」


「…!?ハルトさん…!!呪詛返しです…!!倒したからこそ…呪いが跳ね返ったんです…!」


 何かに気がついたかのようにタルテが叫ぶ。…人を呪わば穴二つ。呪いが不発に終わった際、その呪いは縁を辿って呪術者に帰るということは俺も知っているが、俺らの置かれている状況とは一致しない。どこに呪いが帰ろうとしているのかを尋ねようとタルテの方に目をやるが、言葉にする前に彼女の目線が答えを教えてくれていた。


「オーベッドの首ですわ!唯一残った呪術者のもとに、呪いが帰ろうとしているのです!早くそれを捨てて下さいまし!」


「はぁ!?ふざけんなよ!これをもって帰んねぇと報酬がでねぇだろうが!」


「お金に目が眩んでる場合じゃないよ!あの状態のミドランジアと戦うつもり!」


「クソッ…!止めりゃいいんだろ!止めりゃあ!」


 どうやらミドランジアは俺らを襲うために迫って来ているのではなく、オーベッドの首を導にこちらに向かってきているらしい。メルルとナナがカクタスに首を捨てるようにせっつくが、カクタスは報酬のためにそれを拒否している。


 しかし、自分の判断の責任は取るつもりか、カクタスは迫ってくるミドランジアを対処しようと俺らの前に足を運んだ。


「おい、この魔法貰うぞ。溶けた鉄に塗れてんなら冷やせば固まるだろ」


「えぇ…!?何ですの!?魔法が…勝手に…!?」


 カクタスが手に握った片手半剣バスタードソードを振るうと、周囲を冷やしていたメルルの魔法が吸い取られるように解除される。そしてその冷気がどこに移動したのか主張するかのように、その剣は霜が付着し白く濁り始める。


 そしてカクタスはふらりとした足取りで迫るミドランジアの前に進み始める。目的の首が目の前に迫ったからか、ミドランジアは大きく呻くように身を震わせている。


「…まさか…魔剣なの…!?その剣…?」


 メルルの魔法を吸収した剣を見詰めながら、ナナが驚いたようにそう呟いた。


「ああ。この雑種の剣バスタードソードは魔法を簡単に混ぜちまうんだよ」


 そう得意気に呟きながらカクタスはオーベッドの首を上方に投げ上げる。そしてそれを追うように上方へと触手を向けたミドランジアの懐に滑るように飛び込み、その霜降る剣をミドランジアへの中心へと突き立てた。


 ミドランジアの身体からしてみれば小さな剣を突き立てただけだが、刺した瞬間にその赤熱した身体が急速に冷却されたように黒く濁り始める。身体に纏った鉄が冷却され固まったのだ。カクタスはミドランジアの動きが止まったことを確認すると、頂点に達し落下してきたオーベッドの首を掴み取る。


 単に冷やされただけではなく、闇の魔力を持ったメルルの魔法に触れたからか、異様な威圧を放っていたミドランジアは、その威圧が霧散するかのように物言わぬ彫像へと変化した。


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