第344話 四人の魔法
◇四人の魔法◇
「タイミングが重要だからな。…もし解放前に発火したら大急ぎで隠れるぞ」
俺は真剣な顔付きでこれらかの段取りを話す。何時に無く低い声で説明する俺にナナやメルル、タルテは無言でゆっくりと頷いて見せた。俺らが今から行う攻撃は合成魔法ほどではないが、互いの魔法発動にシビアなタイミングが求められるうえ、現象自体は自然物理に則ったものであるため制御が利かないのだ。
流石に自爆する心配はないが、もし自爆しようものなら一瞬で俺らが消し炭になってもおかしくはないものだ。正直、いきなり本番で試すのは気が引けるが、既に状況は四の五のいっている場合ではない。
「ねぇ!まだ毒は効いてるけど、余り時間は無いわよ!何かするなら早くしてちょうだい!」
打ち合わせをする俺らに代わってミドランジアの様子を見張っていたヴェリメラが叫ぶ。その声を合図にするように、俺らは所定の位置について魔法を構築し始める。
「いきます…!一つの終末には三百の崩落が隠れ潜む…!愛が不滅なれば…
始めに放たれるのはタルテの魔法だ。拳を通して地面に打ち付けられた彼女の魔力は、瞬間的に広範囲に浸透し、一斉に結合を断ち切りながら無秩序な方向へと応力を発生させる。再結晶化や再結合、圧縮などの土魔法にありがちな何かを作り出すための魔法ではなく、個体を破壊するためだけの魔法は、岩杭や岩壁などを生成しない分、より広範囲に崩壊を引き起こす。
タルテが破壊したのは鉄鉱床とアルミニウム…軽銀の地層だ。まるでガラスを割るかのように地面に細かなヒビが走り、その破片が跳ねるかのように宙に舞う。
すかさず俺は掲げるように剣を構えた。風の属性を孕むこの剣は、剣意外にも魔法構築の補助媒体としても機能するのだ。
「猛き速き天津風、
普段は近接戦闘の邪魔になるため、あまり呪文を魔法発動の補助として使わない俺も、より魔法を強固にするため口から呪文を紡ぐ。俺の魔法構築に合わせて風が吹きすさび、タルテの跳ね上げた欠片が舞い上がっていく。
「
巻き上げた欠片に向って膨大な数の微細な風の針が放たれる。風の針は渦となり、巨大な球体となって欠片を更に細かく削っていく。人や魔物が相手であれば、即座に
欠片は削られ砂となり、なおも追加するかのようにタルテの砕いた地面から大量の欠片を巻き上げている。俺は右手の
「夜に光無く、昼であっても闇はある。例え照らされようとも影を作るは私達。…
俺の魔法に重ねるかのようにメルルが魔法を行使する。…ここが一番の難関点だ。他人の魔法と重ね合わせる時点で難易度が高いのに、メルルの行使した魔法はそこにあるエネルギーを低減させる闇魔法だ。そのため、俺の魔法とは別に相乗効果があるわけではなく、単に邪魔となってしまう魔法なのだ。
「ハルト様…。もうちょっと…力を抜いて下さいな…」
「待て待て。あんまり強引に重ねるな…!崩れる!崩れるから!」
メルルの魔法がヌルリと俺の制御範囲内に入ってくる。そのせいで魔法の構築が崩れはじめ、綻ぶように風の流れが乱れる。だが、呪文を用いて魔法の強度を上げていたために、直ぐに崩壊するわけではない。その僅かな時間を利用して、勢いで誤魔化すかのように酸化鉄と軽銀の二つを混ぜ合わせた。
二つの流れが一つになれば、その分制御も楽になる。何とか崩壊せずに俺はメルルの闇魔法と自分の魔法を重ね合わせることに成功した。
メルルも闇魔法を可能な範囲で制御し、なるべく俺の魔法を阻害せずに、土砂が産む摩擦による熱エネルギーや電気エネルギーを低下させている。…邪魔になるのにわざわざメルルに魔法の重ね掛けを頼んだのはそのためだ。もし、この状態で高音が発生しようものなら、折角細かく砕いた軽銀が一気に酸化してしまう恐れがあるのだ。
だが、ここまで来ればあとは簡単だ。渦巻く風によって混ざり合った酸化鉄と軽銀の土砂を、俺は下方で暴れるミドランジアに向けて打ち下ろした。土砂はミドランジアを生き埋めにして殺すほどの量ではないが、ミドランジアに赤褐色の衣付けをするには十分な量だ。未だに毒の効果が残っているミドランジアは、頭上から大量の土砂が降り注いでいるにもかかわらず、大して注意を向けることもしない。
「それじゃ、いくよ!みんな、逃げる準備はいい?!」
タルテ、俺、メルルと来て、ようやく自分の番が来たとナナが意気揚々と声を上げる。そして彼女の高く掲げた右手には、俺らの返答を待たずして魔法が構築されていく。
「退廃裁く滅びの炎。悪徳焦がす火の刑罰。
いつもより数の多い火球が、俺の吹き降ろした赤褐色の土砂の後を追うように放たれる。緋色の炎は空中に尾を引きながら雨のように降り注ぎ、土砂を被ったミドランジアを不気味に赤く照らしだす。ミドランジアの体色も赤黒く、降りかかった土砂は赤褐色、それを照らす炎も緋色であるため穴の底には様々な色合いの赤が犇いていたが、ナナの炎がその土砂に着弾した瞬間に目を焼くほどの光が放たれ、その全てを白く染め上げた。
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