第343話 迷宮では不可解が当たり前

◇迷宮では不可解が当たり前◇


「…魔法だけで攻めるにしても、火力が足りないよなぁ」


 苦しみ悶えてるミドランジアを見下ろしながら俺は小さく呟いた。不死者アンデッドの存在強度と体格の大きさは完全に比例するわけではないが、それでも大きな個体は強固であることが多い。特にミドランジアは遥かに長い年月にて育てていた呪詛を吸収したのだ。メルルとタルテの魔法だけで殺しきると考えるのは余りにも無理が在る。


 そしてそれは光魔法と闇魔法に限った話ではない。ナナの火魔法でも焼き尽くすには困難で、水魔法や土魔法では物理的な損害しか与えられないため、粘液状生命体スライムのようなミドランジアには効果が薄い。風魔法は言わずもがなだ。


「ハ、ハルト。そっちはよぉ、崩れやすいから気をつけろよ」


 俺が穴の縁でミドランジアを観察していれば、怯えながらもガイシャが気をつけるように忠告してくれる。見ればここらは鉛色の土塊が密集したような地層で、ガイシャが崩れる心配がないと言っていた岩盤とは異なっている。だからこそ、湖の底に穴があいて崩落したのだろう。


「あぁ。大丈夫だ。…一応聞いておくが、聖命石や氷輪結晶はここいらには埋まってないよな?」


「は?いや、そんなもんが出てきたなんて聞いた事がねぇぞ」


 俺は周囲の鉱物を見渡しながらガイシャに尋ねるが、彼の答えは芳しくはない。聖命石は光魔法を、氷輪結晶は闇魔法を強化する宝石で非常に高値で取引されている。もし、奇跡的にそれらがこの近くで出土するなら、それを用いて不死者アンデッドの特効となる光魔法と闇魔法を強化することができるのだが、さすがにそう都合よくはいかないようだ。


「ハルトさん…。どっちも普通の場所じゃ出てきません…。それらは神々の祝福で生まれるものですから…」


「確か教会の偉い奴が使う宝石だよな?確かに逆さ世界樹は地質的におかしな宝石が出てくるが、神々の祝福厚き場所ではねぇからなぁ…」


「何が祝福だよ。神様とやらが人を愛してるなら、今この瞬間に手を貸してくれてもいいんじゃねぇのか?」


 聖命石や氷輪結晶の主な産出地を上げるとすれば、それは教会だ。もとより、祭壇にいつの間にか置かれていただの、教会の建材が変質しただの、旅の神官が躓いた先の地面に埋まっていただの、そもそもが鉱物として産出するものではない。


「…石炭を探しますか…?近場には見当たりませんが…」


「なるほど。それをくべて私の火魔法で焼けば…量によるけどいけるんじゃないかな?」


「残念ながら石炭は上層の一部でしか取れないらしいんだよな…。ガイシャ、下層でも取れるとこは在るのか?」


 火力不足と言う問題に、タルテが石炭を用いることを提案してくれる。確かに光魔法と闇魔法とは違い、火魔法は燃える者が在ればその火力を増してくれる。


 酸素濃度が少々不安になるが、天井から覗く薄光を見るに、あの亀裂の向こうは外に直接繋がっている可能性が高い。俺がそこから外の空気を呼び込めば、酸欠になる危険性は低いだろう。…こいつが不死者アンデッドでなければ、洞窟と言う立地を生かして酸欠で殺すという手法も取れたのだが…。


「悪いが下で石炭が取れたなんて話も知らねぇよ。いや、わざわざ下層から石炭を取ってくる奴が居ないかもだがよぉ…」


「ちょっと、だったら他に何が在るのよ。毒の在る鉱物とかも無いのかしら?」


 多少イラついたようにヴェリメラがガイシャに詰め寄る。ガイシャは困った顔で周囲を見渡していると、その視線が俺の足元へと向けられた。


「ああ!そうだ!その成りそこない!その成りそこないは火が出るぞ!ネムラの住人や狩人は火打石代わりに使ってる奴もいるぞ!」


 そう叫びながらガイシャは俺の足元の鉛色の土塊を指差す。俺はガイシャの指の先にある土塊を爪先で掘り返すと、それを手にとって眺めた。


「火打石ってことはチャートか?…それにしては妙な色合いだな」


「いや、普通の火打石とは違うんだよ。何か知らないが鉄鉱石と打ち付けるとすげぇ火花が出るんだよ!こっちの方は鉄鉱石だし試しにやってみるか!?」


 ガイシャの言葉を聞きながら俺は頭を傾ける。この石の正体が何かは分からないが、少なくとも火花が出るだけで延焼しないのであればミドランジアを燃やし尽くすには少々心許無い。


「…ハルトさん…。それって…軽銀じゃないですか…?魔法を使わないと精錬できないので…あまり出回ってませんが…」


「ここいらの奴は成りそこないって呼んでるぞ?軽銀が何かはしらねぇが、そいつがルビーやサファイアに変わるらしいんだとよ」


 タルテとガイシャの言葉を聞いて、一つ思い当たる物質が心に浮かんだが、同時に有り得ないと否定したくなる。確かめるように近くの鉄鉱石に手元の石を叩きつけると、ガイシャが言っていたように大きな火花が炸裂音と共に瞬いた。


「ハルト様?それは使えるのでしょうか?確かに凄い火花が出ましたけど…」


「あ、ああ…。これが人工的ではなく自然に生まれているという点が不可解だが…。そうか、逆さ世界樹は実らせるように鉱物を生成するんだったな…」


 ヴェリメラがその手の平に果実を作り出したように、逆さ世界樹は鉱物をその枝葉に実らせる。それはガイシャが言っていたように地層的に有り得ないものも作り出すし、時には自然界では考えられない物質も作り出すのだろうか…。


 ルビーやサファイアは実を言うと同じ鉱物だ。更に言えば陶器などに使われるセラミックも同じ物質なのだ。その正体は酸化アルミニウム。成りそこないというのであれば単に結晶化していない酸化アルミニウムとも思えたが、火花が出る時点でこの成りそこないとやらはアルミニウムなのだろう…。


 本来であれば自然界に酸化アルミニウムは存在してもアルミニウム単体では存在しない。特にアルミニウムは非常に酸化しやすい金属なのだから…。


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