第339話 怪物は二度産まれる
◇怪物は二度産まれる◇
「ガイシャ…!?大丈夫か!?」
通路を背にしてオーベッドと相対しているガイシャ。そこまで戦闘に自身のない彼が魔法使いを相手に粘れているのも、なんだかんだ言って荒事にガイシャが慣れているのと、オーベッドが万全でないこともあるのだろう。
カクタスとヴェリメラの情報が正しければ、彼は水属性の魔法使いだ。足元に水が満ちているこの状況ではその能力を十全に発揮できる環境ではあるものの、オーベッドの姿は血に濡れており本人自身が十全でないのは明白だ。
…恐らくはあの吹き荒ぶ風に巻き込まれたのだろう。蝕む水の底の大半を巻き込むような嵐は、多少離れていたとしてもその猛威を遠慮なく届けてくれたはずだ。オーベッドの右腕は力なく垂れ下がって血を水に滴らせているし、身体に呪詛を宿した反動かその動きも精細を欠いている。
「グシュ…。
口に出血があるのか、より湿度を増した声でオーベッドがこちらを一瞥する。その様子は多少の焦りが見られるものの、状況を鑑みれば妙に落ち着いているようにも思える。俺らはそんなオーベッドを注視しながらガイシャを助けるべく距離を詰めていく。
「あの化け者なら直ぐには来ないぜ。
口で揺さぶってオーベッドを動揺させるつもりなのか、カクタスが暢気な振る舞いでそう口を動かした。一番効果的なのは光魔法と闇魔法なのだが、魔法使いの中でも希少な部類の属性であるため、一般的には
「
「その神様なら向こうで焼け焦げていましてよ?たとえ生きながらえていたとしていても、この地の底です。檻に入れられたような神様を顕現させるのがあなたの目的でして?」
「無知…蒙昧…そして矮小。なんと
メルルが探りを入れるように語り掛けるが、オーベッドはなおも余裕のある態度を崩さない。
「よくわかんねぇな。てめぇ。結局何がしたかったんだよ?こっちの目的はてめぇの首だからよ。あんましあの蛸には興味ねぇんだわ。あ、できればその顔もどうにかしてくんねぇか?その魚顔じゃ別人といわれて賞金が貰えねぇよ」
とうとうじれったくなったのかカクタスが直接的に問いかける。彼にしてみれば言ったとおりオーベッドの首が手に入れば満足なのだろう。…一方こっちはそうは行かない。変につついた結果、逆さ世界樹の底で伝説の魔物が復活しましたなどマリガネル伯爵には報告できないだろう。もちろん、俺らが行った時点で手遅れであったと判断してもらえるかもしれないが…。
「無知蒙昧を
まるでスポットライトを浴びているかのごとく、オーベッドはまだ動く左手の手のひらを上に向け、歌うように語っていく。随分得意気で、心なしか滑舌もよい。
「それは…ここいらには漏れ出た呪詛が渦巻いてますので…。その守りに…」
何故俺らに祝福を掛けているかと尋ねられたメルルが不審に思いながらも答えている。おかしく思うのも無理はない。呪詛が充満する領域に足を踏み入れているのだから当然の処置だ。だからこそ、彼の質問の趣旨は別に有るのだろうと考えを巡らせるが、思いのほか彼は答えをそのまま語っていた。
「呪詛を…集めて…その身に宿していた…?」
「そう!そうなのだよ!彼の神は呪いを振り撒き!それを苗床に育った呪いを食すのだ!彼の神が飢えに乾くことはもうありえない!呪詛喰らいのミドランジアとなって!この産道と言うべき逆さ世界樹を通り、再び地上に産まれなおすのだ!」
タルテの答えにオーベッドは叫ぶように声を張り上げ、その声は蝕む水の底に煩いほど反響した。彼の目は正気には見えず、狂信と言うべき熱を孕んでいる。…そして、たとえ正気ではなくとも魚顔であった彼の目の色を探れたのは理由がある。魚顔であったオーベッドの顔が、だんだんと元に戻りつつあるのだ。
「魚顔では困るのだね。折角だから元の首をくれてやろう。…できれば地上で神の成長を見守りたかったが、ここで神の一部になるのもまた一興だ!」
「…!?てめぇ何するつもりだ!」
何かしらの危機を感じ取ったカクタスがオーベッドの首を跳ねるのと、地面が不自然に揺れるのは同時であった。地震の横揺れにも似た気持ちの悪いヌルリとした振動。そして、塩の山の向こうで死に掛けていた筈のミドランジアが産声に似た叫びを上げる。
「ここは!呪詛喰らいのミドランジアが産まれる子宮と成るのだ!さぁ!お前らもその一部と成り果てるがいい!」
「やだっ…!?これって地面が動いているの!?」
「この場所は不味い!崩落するぞ!上に避難しろ!」
慣れぬ地揺れに戸惑う面々に、俺は上に逃げるように指示を出す。オーベッドが語っていたようにミドランジアが周囲の呪詛を食べ始めたのだろう。それに対処する必要も在るのだろうが、流石にこの瞬間にミドランジアに向っていくほどの蛮勇は俺にはない。
なぜならばこの蝕む水の底は堆積した死体が岩塩に変わったことで保たれているのだ。それが今見えているように死肉に戻るのは大問題だ。鉄筋で作られた建造物がお菓子に変わるようなものだ。お菓子の家は自重を支えきることができず、瞬く間に崩落してしまうことだろう。
俺らは揺れる地面に足を取られながらも、出口に向って走り出した。
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