第335話 さてはオメー、ヒュドラじゃねーな

◇さてはオメー、ヒュドラじゃねーな◇


「ヒュドラ相手なら、この剣が役に立つと思ったんだけど…、斬り飛ばせないのなら意味は無いね…!」


 俺らを丸呑みにしようと襲い掛かってきた首に向ってナナが波刃剣フランベルジュを振るうが、案の定、奴の体はその剣を弾き飛ばすようにして跳ね返す。強引に押し込めればまだ切り裂ける可能性もあるが、宙を漂う首はそれこそ柳の枝葉のように逃げるからそれも斬り飛ばせない要因となっている。


 …ヒュドラを倒すに当たって定石となるのは斬り飛ばした首の傷口を焼き潰すことだ。ナナの言うとおり彼女の炎の魔剣ならば切ると同時に焼き潰せるためヒュドラに対しては有効な武器なのであろうが、そもそも切り飛ばせないのであれば意味が無い。


「ちょっと!カクタス何とかしなさいよ!こいつに毒は通じないのよ!」


「ふざけんなよ。こっちはこっちで精一杯だ!」


 まるでクレーンゲームのアームのように上方から降り注ぐ。管理人であるオーベッドのサービス精神が旺盛なのか、アームの数は八本でつかむ強さも最強に設定されている。俺らがアームをよければその顎はゴリゴリと塩の地面に食い込み、容易く粉々に噛み砕いてしまう。


「タルテ!岩の防壁を張ってくれ!奴らの動きを制限する!」


「それが…、ここ塩しかないんです…!!強度はそこまで期待しないでください…!」


 俺の要求にタルテは申し訳無さそうに叫び返す。言われてみれば、洞窟の中だというのに回りは塩ばかりだ。塩の結晶でも土魔法で操ることはできるだろうが、岩などと比べればその強度は大きく劣る。あまりその防御性能に期待することはできないだろう。


「私が手伝いますわ!ここには水も沢山ありますので思う存分いけますわよ!」


 メルルが手を掲げると、足元から水が集まっていく。そして彼女はそれを圧縮しながらミドランジアに向って打ち込んだ。過冷却水を利用した水球だ。彼女がそれを制御している間は水の状態だが、敵に触れて弾けた瞬間に制御が外れて氷結し始める。


 カートゥーン映画のように複数の首をお団子結びにするようなことは現実的ではないが、かわりにタルテが突き立てた岩塩の壁に、メルルの氷が奴の首の一本を固定する。俺はすかさず固定されたその首に向って飛びついた。


 首の長い奴は前にも戦ったことがあるので、その対処についてはある程度心得ている。ミドランジアの首にマチェットを添えて、それを俺自身の身体で押し付けるようにして首に組み付いた。もちろん単に組み付いただけではない。風を吹かせて俺自身を加速させることで俺はミドランジアの首を軸にして高速回転する。


 俺がパイプカッター代わりになってミドランジアの首を切断しにかかる。痛覚が無いだろうが違和感を感じたミドランジアが俺を引き剥がそうと他の首で襲いに掛かるが、それをカクタスが弾き飛ばすようにして阻止する。


「よし!後はナナが切り落としてくれ!再生っぽいのが始まってる!」


「任せて!まずは一本目だね!」


 やはり再生能力があるのか、俺が切り込んだ傷口が不自然に蠢いているのだ。俺が勢いそのままに飛び退けば、すかさずナナが下から上方に向けて剣を降りぬいた。剣には過剰なほどの炎を纏わせており、空中にいる俺にもその熱量を感じるほどだ。


 俺が八割方切断していたため、ナナの波刃剣フランベルジュは容易くその首を切り落とした。切断面は焼け焦げており、再生する様子はない。あとはこれを七回繰り返せば全ての首を切り落とすことができる。


「…ちょっと待って。何か感触がおかしかったんだけど…」


 俺らが残っている首に向けて注目を向ける中、ナナだけは不思議そうな顔をして切り落とした首の方に注目をする。


 切り落とした首はまるでトカゲの尻尾のように地面の上でのた打ち回ってるが、それをナナが止めを刺すように焦げた切断面に剣を突き立てた。


「ねぇ、ハルト。見てよこれ。…上手く骨の継ぎ目に切り込んだのかとも思ったんだけど…」


「んん…?これは確かに…」


 俺はナナが焦げをそぎ落とした場所を観察する。そこには確かにあるべきものが存在していないのだ。


「おいおい!なにサボってんだよ!鑑賞会なら後にしろよ!」


「ある意味重要なことだよ。ヴェリメラ、この切断面を溶かせるか?」


「えぇ?言っておくけど、いくら切り落とした首でも耐性のあるヒュドラは中々溶けないわよ?」


 文句を言うカクタスを宥めながらヴェリメラに溶解液をお願いする。彼女は意味が無いと言いながら溶解液を放つが、その溶解液は強力洗剤の如く焦げた肉を洗い流した。そしてその溶けた傷口を確認してみても、探している物は一向に見当たらない。


「嘘…。ミドランジアってヒュドラのクセに耐性がないの…?」


「やっぱり…。骨を裁った感触が無かったんだよね。まさか骨が無いなんて…」


 もっとじっくり調べたいところだが、他の首が嫉妬して襲い掛かってくるため、観察を止めて戦闘に復帰する。しかし、それでも重要なことを確認することはできた。ナナの言うとおり、ミドランジアの首には骨が存在していなかったのだ。


 幾ら変異体とはいえ、首の骨が無くなるような変異をするとは思えない。そこまで魔物が変異できるのならばスライムだって人間になれるはずだ。…恐らくヒュドラの変異体というのは勘違いで、何か他の魔物の可能性が高い。


 疑ってみればミドランジアの姿もヒュドラとしては不自然に思える。首は異様に長いし、遠くに見える胴体らしき部位も妙に丸く、尾に該当する部位が見当たらない。


「…骨の無い身体…。首…らしきものは八本。植物…あるいは軟体の魔物…?」


 襲い来る首らしき部位に対処しながら該当する魔物を脳内で検索する。俺は現状確認できるミドランジアの特長と、ガイシャが語ってくれた伝説の情報をすり合わせていく。


 そして、一つ思い当たる魔物が俺の脳裏に浮かび上がった。…まさかとは思いつつも、俺はミドランジアの全体像を確認すべく、風をつかって上空に飛び上がった。


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