第334話 喰って喰って喰いまくった奴

◇喰って喰って喰いまくった奴◇


「ギギギギイイイッ…!我が竜よダーゴン我が竜よダーゴン!」


 輪になって並ぶ半魚人サフアグンが越えたからに叫び、その声に答えるように塩の壁に皹が走っていく。オーベッドらしき者の響かせる手鐘もいやにうるさく響き周囲の岩塩に染込んでいく。


 風、炎、水、岩、毒。その儀式をなんとしてとめようと俺らから様々な魔法が放たれるが、その度に半魚人サフアグンが身体を使った壁となって魔法を塞き止めてしまう。だけど、それでも俺らは躍起になって魔法を放っていく。たとえ儀式を止めることができなくとも、半魚人サフアグンを削ればそれが儀式の妨害に繋がるかもしれない。


 俺達の攻撃が波となって半魚人サフアグンを襲えば、逆側からは塩化の波が彼らを襲う。その二つの波に晒されながらもミドランジアを称える歓声を止めはしない。


 それでも、だんだんと半魚人サフアグンの数は減っていき、遂にはその声も途切れることとなる。しかし、それを合図にしたようにしてミドランジアの首が一際大きく蠢くと、鎌首をもたげるように持ち上がった。


みゅろ…。贄は足りたぞ。まだまだ飢えてるようだがにゃ」


 死霊術ネクロマンスによって息を吹き返したミドランジアが動き始める。次々に塩の壁が大きく割れていき、だんだんとその姿を現していく。塩漬けにされた赤黒いその遺骸は、まだ硬直しているのか、操り人形マリオネットのようにどこかぎこちない動きで塩に変わった半魚人サフアグンを破壊しながら吹き飛ばしていく。


 首の先の頭は既に蛇の面影は無く、鱗どころか目も見当たらない。太く長い首の先で花が咲くように星型に肉が裂け、そこに牙の並んだ口だけが不気味に開いている。それこそ蛇と言うよりは上層で見た陸泳ヤツメウナギアースランプレイのような形状だ。


「…念のため聞いておくがよぉ。お前がオーベッドだよな。追跡を逃げるためとはいえ顔をいじるとは思い切ったな」


「ふしゅ…。いかにも。…唯一神教の回し者か?しょれとも王宮の飼い犬か?」


 崩れ落ちる塩の岸壁を背景にカクタスとオーベッドが口を交わす。カクタスにオーベッドの注意が向いた瞬間、その隙を付くようにヴェリメラが毒の水球を飛ばすが、塩の壁からミドランジアの首が勢いよく伸びてきて、オーベッドを守るように毒の水球を弾き飛ばす。


 そしてその勢いのまま酷くミドランジアが暴れると、完全にその塩の壁が崩れ去る。岩の塊のような岩塩が落下して水飛沫を上げ、埃の変わりに細かい塩の欠片が宙を舞う。


 現れた八本の首は鞭の如くしなって次々と半魚人サフアグンの塩の像を打ち壊していき、時にはその首の先の顎で咥え、噛み砕きながら飲み込んでいく。


「これが…飢えに乾くミドランジア…」


 塩の結晶が飛び交う解体現場のような轟音の中、ぼそりと呟いたガイシャの言葉が妙に耳に残った。


「…ガイシャ…。悪いけど…こっから先は…」


「分かってるよ。逃げれるうちに逃げさしてもらうぜ…!」


 俺が小声で声を掛ければ、ガイシャは喜んで戦線から遠ざかる。逆さ世界樹の下層に彼を独りにすることは危険な行為だが、流石にミドランジアとの戦闘ともなれば巻き込まない自信は無い。少なくとも先ほどまでいた地底の呼び声の拠点内であれば安全だろう。


 背を見せて逃げていくガイシャに向ってミドランジアの首が伸びていく。俺はそれを阻止するべく、風で飛び上がってその頭に剣をぶち当てる。塩で締められていたからかその肉は見かけ異常に硬く、まるで硬質なゴムタイヤのように俺の剣を跳ね返した。


 それでも、衝撃は向こうも殺せなかったようで、俺と相打ちになるようにしてミドランジアの首は跳ね上がった。俺も半ば叩き落されるようにして、塩と水の溜まった地面へと荒々しく着地する。


「ハルト…!大丈夫!?」


「ああ…!鱗のない無防備な身体に見えて、思いのほか硬いぞ!」


 俺に邪魔されたからか、その瞳の無い八本の首が俺らを見据え一斉に咆哮を上げる。その強大な音圧が吹きすさぶ強風となってこちらに吹きつけ、細かな塩の結晶がその風に乗って地吹雪のように吹き飛んでいく。


「ヒュドラ…にしては顎の形状が違いすぎる…。変異種だからか?」


 切りかかった際に近距離で垣間見たが、ミドランジアの姿はヒュドラと言うには異質なものだ。鱗の無いシワの刻まれた赤黒い肌。花咲くように口が開いてる瞳の無い頭。そして通常よりも少ない八本の首。


 上下左右にうねるように暴れ、塩に変質した死骸の山を打ち崩しながら八本の首が俺たちを取り囲む。まるで縫うようにして塩の破片の中に首を沈めるその様子は、まるで別個の生命体のように動き、追い詰める様子はまるで狼の狩りの様だ。


「私が前に戦った奴もこんなんじゃなかったわよ。死体だからかしら」


「とりあえず首をぶった切ってみようぜ?死んだヒュドラの首も復活するか見てみてぇ」


 そういいながらカクタスは牙を向けてきた首の一つを跳ね上げるようにして切り結び、返す刀で首に剣を突き立てる。しかし、彼の剣でもその引き締まった首は硬いようで、少しばかりの皮膚を切り裂いただけで止まってしまった。


「一人一本じゃ…ちょっと足りないか」


 数的有利は俺らの方があるはずなのに、その首の数でそれを覆している。ミドランジアは口を開くと、死体だというのに夥しい涎を零し、俺らを睥睨するように取り囲んだ。


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