第333話 地底の窟は産道となりて

◇地底の窟は産道となりて◇


羽虫はむしゅ…。報告より、多い…な。セイレーンの祝福しゅくひゅくを受けとらんとは…」


 俺の風を通して、水気を含んだような滑舌の悪い声が聞こえてくる。声を放ったのはカクタスが見つけた手鐘を持った半魚人サフアグンだ。酷く聞き取りづらいが、他の半魚人サフアグンと異なり言葉を放つことができている。


 顔付きもどことなく他の半魚人サフアグンとは異なっており、醜い顔で俺らの方を観察している。そして彼が片手で俺らを指し示しながら手鐘を鳴らせば、追加の半魚人サフアグン達が俺らに向かって飛び掛ってくる。


「へっ…!どうやら当たりらしいな。…まてよ?あいつを倒したところでオーベッドを倒したって認めてくれるのか?まだ赤の他人の方が似ているといってもいいじゃねぇか」


 カクタスが冗談なのか本気で言っているのか判別しづらいことをぼやく。野蛮な話ではあるが、賞金首の討伐証明には首を必要とするため、彼の言うように半魚人サフアグンと成ってしまったオーベッドの首を持っていっても認めてくれるかは微妙なところだ。


「…一応聞いておくけど、あなた達なら元に戻せるかしら?」


「期待しないで下さいまし。少なくとも死んだ後は魂の在り方が変わるため、ほぼ不可能でしょうね」


「そうですね…。死後は元に戻ろうとする復元力が働きませんので…」


 カクタスの言葉を聞いたヴェリメラがメルルとタルテに尋ねかけるが、二人は示し合わせたように首を横に振るう。


「ちょっと、そんな相談は後にしてね…!今は儀式を止めるのが先決だよ!」


 そう言いながらナナは炎を纏った波刃剣フランベルジュを横薙ぎにし、前方の広範囲を焼き払った。彼女の言うとおり、オーベッドらしき半魚人サフアグンは俺らに他の半魚人サフアグンを差し向けながらも、儀式めいたことを執り行っている。


 それは他の者も分かっているようで、戦う手を止めずに向ってくる半魚人サフアグンを対処するが、減った分はすぐさまオーベッドらしき半魚人サフアグンが追加してくるので、中々前に進むことができていない。


にゃがれる大河の水蛇ヒュドロスよ。冥々窟通りて子返りなるか。さぁ呪詛たちよ。我らと共ににゃいておくれ。いま水蛇ヒュドロスは海に還る」


「ギイッ、ギギギギイッ…」


 オーベッドらしき者が言葉を紡げば、それに答えるように膝を突いた半魚人サフアグンが軋むような声を上げる。オーベッドらしき者のその姿は魔術師や呪術師というよりはさながら司祭のようで、禍々しくも格調高き所作が感じられる。純粋な平地人ではないから唯一神教に目をつけられたと聞いていたが、この様子を見る限り邪教徒だから排他されたと言われても納得できてしまう。


「大地を飲み込む多頭蛇ヒュドラーよ。銘々罪晒す鐘は聞こえるか。さぁ呪詛たちよ。我らと共ににぇがっておくれ。いま多頭蛇ヒュドラーは竜に成る」


「ギイッ、ギギギギイイイッ…!」


 変化は緩やかに訪れ始めた。彼らが声を張り上げるたびに、何かがミドランジアの遺骸に向けて流れ込んでいくのを感じ取る。その光景を見てタルテが目を見開きながら、儀式を止めるべく倒した半魚人サフアグンの死体をオーベッドらしき者目掛けて投げ込むが、 他の半魚人サフアグンが飛び掛ってそれを阻止してしまう。


 俺も多少無茶をして強引に圧縮空気を打ち込むが、再び魔法の制御を乱すような呪物が発動して、奴にぶつかる前に魔法が解けてしまう。


「ハルトさん…!半魚人サフアグン達に宿った呪いが、ミドランジアに向っています…!」


 まるで邪悪な元気玉のようなことが起きているとタルテが叫ぶ。しかし、それを阻止しようにも俺らに向かってくる半魚人サフアグンを処理するので精一杯だ。貫通力のあるタルテやメルルの魔法が時折、包囲網を突破して儀式に参加している半魚人サフアグンにも届くが、生きている限り彼らは祈るのを止めやしない。


「嫌な予感はしてたけど、もしかしなくてもミドランジアを死霊術ネクロマンスで復活させるつもりか!?」


 幽都テレムナートで関ったために知っているが、死霊術ネクロマンスの類は死体を媒体とするため身の丈以上の力を操れるが、それは無制限というわけではなく、呪術的な事前準備を必要とするのだ。そのため、遺骸が塩の結晶の中に納まってる限りは復活は勿論、呪術的な利用も不可能だと判断したのだ。


「…これは恐らく…魔法で言えば儀式魔法のようなものですわ…。儀式呪術…あるいは祈祷呪術と言うべきものでしょうか…」


「…そのために地底の呼び声の奴らを半魚人サフアグンに変えたってか…」


 焦る俺らを尻目に、儀式はどんどんと進んで行く。このまま戦闘を続ければ全ての半魚人サフアグンを倒すことはできるだろうが、確実に儀式が進行するほうが早いだろう。それはオーベッドらしき者の様子からも見て取れる。彼は俺らの襲撃を受けていても余裕を持った態度を崩すことは無く、どこか歓喜の仕草を見せながら儀式を進めていっている。


「底無き海は全であり、故に全てを孕んでる…!赤子に返り海堕ちろ。呪いと成って産み落ちろ…!我が竜よダーゴン我が竜よダーゴン!」


「ギギギギイイイッ…!我が竜よダーゴン我が竜よダーゴン!」


 しゃがれた声で半魚人サフアグンが唱和する。その声が蝕む水の底の空間に幾重にもこだまし、冷たいこの洞窟内が僅かに熱を持ったようにも感じ取れた。


 しかし、その熱気とは裏腹に、儀式に参加している半魚人サフアグン達は凍りつくように白く濁っていく。一見すれば凍り付いているような光景だが、もちろんそれは氷ではなく塩に変化していってるのだ。


生贄サクリファイス…生物を触媒として使い捨てる邪法中の邪法です…」


 動きを止めていく半魚人サフアグン達と相反するように、塩の壁からその姿を見せていたミドランジアの死体がゆっくりと蠢いた。そして、侵食するように塩の壁には皹が入り始めた。


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