第332話 お祈りの時間

◇お祈りの時間◇


「どうした!?倒したのか!?…皆いるよね?置いてかれてないよね?」


 唐突に静寂が訪れたからか、岩の棺に納棺されたガイシャが不安そうに声を上げる。しかし、今まではその声に反応していた半魚人サフアグンも、今度は遠くで響く鐘の音に耳を向けているようでガイシャの声には全く興味を示していない。


 半魚人サフアグンの挙動がおかしくなったため、俺らも戦闘を止め、様子を見るように状況を観察する。誰もが口に出さないが、何が起きているのかと問いただすような視線が互いに交差する。


 一時の静寂。しかし、繰り返し手鐘が鳴り響くたび、その音はだんだんと強くなり、今では俺以外の耳にも聞こえるほどに大きくなっている。そして、臨界点を越えたのか一際高く大きく手鐘の音が響くと、半魚人サフアグン達が俄かに騒がしくなる。


 それこそその鐘の音が狼のアルファ個体リーダーの指示であったかのように、半魚人サフアグンが一斉に行動に起す。彼らは俺らの存在を無視して、俺らがここに来るために通った道へと殺到したのだ。


「ちょっと何…!?蝕む水の底に向ってる…?まだそこにオーベッドがいるのかしら?」


「逃げずに留まってくれてるのは嬉しいが、…あそこにある物を考えると、ちょっと不味いんじゃねぇか?」


 通路に向って殺到する半魚人サフアグンを眺めながら、ヴェリメラとカクタスが呟く。


「…別に餌の時間って訳じゃないよな?オーベッドの目的はなんだ?」


「もしかして、この半魚人サフアグンを利用して一気にミドランジアを掘り返すつもりなんじゃ…」


 てっきり二段階の罠…。俺らを呪い、もしそれが失敗しても大量に作り出した半魚人サフアグンが俺らを襲うというのが奴の考えた計画だと思ったのだが、どうにも間違っている推測のように感じる。


 …俺らを罠にはめるなら、地底の呼び声の面々を半魚人サフアグンに変える必要は無かった。俺らを襲わせるのなら、別に半魚人サフアグンにする必要は無かった。あの助けた男の言うことを信じるならば、彼らは彼らのまま俺らを襲ったことだろう。


 第一、ヴェリメラとカクタスが地底の呼び声に目撃されたが、彼らからしてみれば二人の目的がオーベッドただ一人だと知る由はない。自分たちの悪事が露見する可能性も考え、証拠を隠滅するためにも躍起になってオーベッドと協力するはずだ。


「迷っている暇はありませんわ!理由は分からずとも、下に向うのを止めましょう!」


 メルルがそう言いながら、蝕む水の底へと向う半魚人サフアグンの一体を、シールドバッシュで突き倒すと、流れるような動作でその首筋を切り裂く。それに続くようにして俺らも半魚人サフアグンを相手取るが、流れる水のような半魚人サフアグンの群れが蝕む水の底へ流出することは止めきれない。


「タルテ!ガイシャを出してくれ!このまま下に向うぞ!」


「はい…!分かりました…!…ガイシャさん…!伏せていてくださいね…!」


 タルテがガイシャの入っていた岩の棺の上部を拳で吹き飛ばす。ガイシャは戦闘中に閉じ込められていたのがよほど怖かったのか、小さく悲鳴を上げながら砕かれた岩の棺から這い出してきた。


 追い討ちの様相となった半魚人サフアグンの戦いだが、半魚人サフアグンは俺らが攻撃をしてもどこ吹く風で、只管に下に向かっている。それこそまるで俺らから逃げているようにも見えるが、彼らは一心不乱にどこかに向かっている。


「これは…間違いないな。目的はミドランジアだ…」


 蝕む水の底に降り立てば、彼らがどこに向かっているかは一目瞭然だ。バシャバシャと喧しいほどに水を踏みしめ、先へ先へと競争するかのように走ってゆく。そして、蝕む水の底に来たことで、より鮮明になった仕事歌と手鐘の音が向かう先から響いて来ていた。


 半魚人サフアグンの群れに僅かに遅れるようにして、俺らは飢えに乾くミドランジアが埋まっているであろう場所へと駆けつける。


 事前に見たときは採掘をしているような状況であったのだが、この短い間にその場所はまるで儀式の祭壇のように変化している。元から採掘をしていた半魚人サフアグン達は未だに岩塩の壁を削っているが、その者達を囲むように新たに訪れた半魚人サフアグン達が輪になって跪いている。


 先ほどまでは知性を感じぬ獣に近い振る舞いの彼らだったのだが、ミドランジアを前に跪く半魚人サフアグン達は、信仰に則った所作が見て取れる。少なくとも、俺らから見ても崇めていると分かるような動作で膝を突いて祈っている。


「じゃ…邪教徒です…!ハルトさん…これは、何かの儀式を執り行ってます…」


「まるで、ミドランジアが御神体というべき状況だな。…全員、準備はいいか?」


 その儀式めいた状況は、何かが進行していると判断するには十分な光景だ。俺らはその輪に割り込むようにして身を乗り出した。しかし、その俺らの状況に反応したかのように手鐘の音が鳴り響くと、手前にいた数体の半魚人サフアグンが、即座に俺らに飛び掛ってきた。


「おいおいおい。見間違えじゃなきゃ、あの中央の魚頭。ありゃ、オーベッドの首飾りといっしょじゃねぇか?」


 カクタスが向ってきた半魚人サフアグンを斬り飛ばしながら、儀式の中央に向って視線を投げる。その視線の先にいた半魚人サフアグンは、確かに魔術師のような格好をしており、司祭のように振舞いながら儀式を進行している。


 そして何よりその半魚人サフアグンの手には手鐘が握られており、他の半魚人サフアグンを操るようにしてその手鐘を鳴らしている。


「…もしかして、自分にも呪いを施したってこと?」


「やられましたわね。恐らく…私達がここに訪れたときも、他の半魚人サフアグンに紛れていたのでしょう…」


 戦いながらも、全員の視線がそのオーベッドらしき半魚人サフアグンに向く。それを感じ取ったのか、その半魚人サフアグンは糸を引きながら口を開き、酷く歪な笑みを浮かべた。


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