第331話 押し寄せる波

◇押し寄せる波◇


「ちょちょ、ちょ!ちょ!…守ってくれるんだよね…?」


 向ってくる半魚人サフアグンの波にガイシャが身を縮めながら後ろに下がる。戦闘は妖精の首飾りが肩代わりする約束になっているので構わないのだが、こちらの女性陣が逞しいので、中々見ないヒロインムーブに新鮮味を感じてしまう。


 そんなガイシャを颯爽と助けたのがタルテだ。彼女はガイシャの襟を掴んで引っ張ると、土魔法を行使して彼の四方を岩壁で覆い尽くした。まるで岩の棺に埋葬したような格好ではあるが、確かにあれは安全だ。敵の数の多いこの状況では漏れ出した個体がガイシャに向かう可能性もあるので、正しい判断といえるだろう。


 …唯一の弱点は中に閉じ込められたガイシャが騒いで半魚人サフアグンの注目を引いていることだろう。…あの命令を下した男の口に手を伸ばしたときにも思ったが、奴らは視覚よりも聴覚にたいする反応を優先しているように思える。


「タルテちゃん…!一応聞くけど、元には戻せないの!?」


「弱った肉体を呪いで補填したようなものです…!解呪したところで反動で死にます…!時間を掛ければ別ですが…その余裕が私達にはありません…!」


 向ってくる半魚人サフアグンを斬り飛ばしながらナナがタルテに尋ねるが、タルテは救えないと判断し、半魚人サフアグンに向って到命の一撃を打ち込みながらそう答えた。優しく慈愛に満ちたタルテだが、彼女は命を切り捨てることを躊躇わない。治療の担い手だからこそ、その命の優先度にはシビアな判断を要する場面もあると知っているのだろう。


 もちろん、ナナも別に可愛そうだから助けてあげたいと本気で思っている訳ではないだろう。騎士の教えを学んだ彼女は、自分の躊躇いが仲間を窮地に晒すと知っている。単に、自分の意志ではなく、呪いに乗っ取られて戦わされてる彼らに同情しているのだろう。


「ねぇ、ダーリン。私も守ってくれないかしら。…強い毒を撒くと、皆を巻き込んじゃうでしょう?」


「あら、でしたらガイシャさんのように岩の棺に入りますか?あそこなら安全ですわよ?」


「…ダーリンと二人きりなら加減せずに毒を使えるのだけど…」


「液体毒なら私でも抵抗レジストが容易ですので。思う存分使って下さいな」


 確かに毒の範囲攻撃は味方にも向いやすいため、複数対複数の戦闘はヴェリメラも苦手なのだろう。そういう意味では毒の効かない俺はちょうどいい相方なのだろうが、意外にもメルルがその相方を担い始めた。


 ヴェリメラの放った毒液は敵の皮膚を焼き、必要以上に飛び散った毒液はメルルが水魔法で制御を乗っ取り、ヴェリメラの魔法で編まれた魔法毒を解いて無毒化していく。時には全てを無毒化するのではなく、一部を水魔法で操ることで再び敵に向うようにするなど、即席の相方としてはかなり器用な戦い方を繰り広げている。


「背中の心配をしなくていい戦いは久しぶりだな。後で解毒できるとはいえ、毒に塗れて戦うのは趣味じゃないんだ」


「逆に聞くけどそんな趣味の奴いる?…毒というか、酒を飲みながら戦うとかならいそうだが…」


「あ?酔うほど呑む馬鹿は少ないが、水の少ない南西じゃ酒は水代わりだぞ?」


 初めて会ったときは彼女の毒でドーピングしてたからだろうか、カクタスはそんなことを言いながら楽しげに剣を振るう。…俺は酔拳みたいなものを想像したが、確かに酒精の低い酒ならば狩人も安全な水分として持ち歩く。


 津波のようにこちらに向かってくる半魚人サフアグンの厄介なところはその物量だ。まるで死兵のように自分を省みずに向ってくることで、斬っても潰しても押し込まれそうになる。だが、逆に言えばそれだけだ。狼の群れのようにチームワークを発揮したり、個体であっても隙を付いてくるなどの行動をしない。それを踏まえれば死兵というよりも大安売りに集るおばちゃんや、通勤ラッシュのほうが近い表現かもしれない。


 俺は圧縮空気を用いて集ってくる奴らを吹き飛ばす。そして開いた空間にナナが火を放ったりタルテが岩杭を生成し、敵への足止めを施す。それを見たカクタスは片手半剣バスタードソードで敵を屠るだけではなく、敵を炎目掛けて蹴り飛ばしたり、掴んだ敵を岩杭に刺さるように投げ飛ばしたり地の利を生かした戦い方を披露する。


「ハルト!少し怖いけど、大規模な火魔法で片付ける!?」


「そうだな…。風を導くから、その後に…!」


「何かするなら早くしてくれよ?オーベッドの野郎は今頃逃げてる最中なんだからよ」


 火魔法で生成した火は、ある意味では幻であるため酸素を消費しないが、その火が引火したものは本物の炎だ。それ故に酸素を消費する。ここで大規模な魔法を発動させて一気に敵を焼けば、この空間の酸素は瞬く間に底を尽きるだろう。そのため、逆さ世界樹の大半の場所でナナが満足に火魔法を使うためには、風を運ぶ俺の魔法のアシストが不可欠だ。…ついでに言えば、ナナはノーコンなので、地上でも俺の風のアシストを必要とする。


 ちなみに、酸素自体はまだ発見されていないが、暖炉などが普及しているため、閉所で火を燃やすと窒息するという認識は一般的だ。錬金術師にもなれば、燃焼と呼吸で空気中の何かを消費しているという知識も広まっているらしい。


 俺はこの広間に風が流入してくるように、広範囲の風を掌握していく。俺が魔法を構築するためにできた隙は、メルルとタルテ、そして意外にもカクタスがカバーするように立ち回ってくれる。


「…ん?おい、ちょっと…。何か聞こえるぞ…」


 風を掌握したことで広がった俺の知覚が、妙な音を捉える。…蝕む水の底から聞こえる仕事歌に紛れて、手鐘のような透き通った金属音が聞こえてくる。


 たかだか遠くで変な音が聞こえただけで、本来であれば、戦闘中に気にするようなものではない。しかし、その音に真っ先に反応したのは俺ではなく、こちらに集っていた半魚人サフアグンだ。


 彼らは唐突に動きを止め、耳を澄ますように頭を持ち上げて左右に動かし始めた。彼らが襲ってくる様子が波の様であるならば、それこそ波が引くかの様に静寂が訪れる。さながら更に大規模な波が来る直前のような一時の静けさのようで、俺の目には酷く不気味に映った。


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