第325話 蝕む水の底
◇蝕む水の底◇
「ここも呪詛…!?…大丈夫なんだよな?」
蝕む水の底には毒が満ちている。しかし、どうやら毒ではなく呪詛が満ちているようだ。毒の対処はヴェリメラやタルテができると聞いていたが、毒ではなく呪いが出てきたためにガイシャがうろたえている。しかし、少し前にメルルに呪詛払いの祝福を受けていたことを思い出し、窺うようにメルルの方を見ている。
ヴェリメラとカクタスは懐から小さなタリスマンを取り出し、その状態を確認している。恐らくは呪い避けの類のタリスマンで、オーベッド・オマージュが呪術を使うということで用意した代物だろう。…念のため、メルルが二人にも呪詛払いの祝福を施す。
「その顔は予想していたって感じだな。…これは例の呪物の呪いが漏れ出しているってことか?」
「まあな。…
ガイシャはミドランジアの遺体が毒の満ちる蝕む水の底にあり、
「なるほど…。呪術を施すことで呪術に耐性を持たせたというわけですか…」
「既に呪われている
メルルとナナの発言に対して、俺は軽く頷き返す。以前、
蝕む水の底の話を聞いたとき、俺はまずそのことに思い至った。オーベッドが呪術媒体としてミドランジアの遺体を求めてきたのなら、その遺体にはまだ呪いが残っているということだ。ならば蝕む水の底に満ちるのは毒ではなく呪詛なのではないのだろうか。
それならば、
「へぇ…。呪術にもそんなことがあるのね。毒も似たようなことがあるわ。普通の人には毒になるものも、既に毒されている人には薬になったりね。他にも毒同士で打ち消しあったりすることもあるわ…」
「奴にしてみりゃ、
既に縦穴の終点も視界に収めることができるほど近づいて来ている。まだ、歌声は大分遠いところから響いてくるため蝕む水の底とやらは結構な広さがあるのだろう。
俺は風で周囲の状況を確認しなが、蝕む水の底と呼ばれた場所に降り立つ。どこかで作業しているだろう
光を放つ植物の類に、天井まで伸びる石柱が乱立する広大な地下空洞。地底の呼び声の拠点で見たような海の底を思い起こす光景だが、あそこまで光を放つキノコの類が群生しているわけではなくどこか寒々しさを感じてしまう。実際に気温もかなり低く、俺らの吐く息は白い煙となって周囲に霧散していく。
そしてなにより、特徴的なのは複数の魔物や動物の死骸だろう。足首辺りまで浸水した広大な空間の中に、打ち寄せられたような死骸がいくつもの小さな山を形成しているのだ。
「こりゃなんだ?何かしらの魔物の餌置き場ってわけじゃ無さそうだが…」
「酷いところ…。あんまり長くは居たくないわね」
「どの死体も…食い散らかしたって訳じゃ無さそうだぞ…。状態も妙におかしいな…」
幻想的な洞窟の中と言うことを除けば、ゴミ捨て場や
「多分だがよ…、上から降ってきたんじゃないのか?上層や中層で死んで穴に落ちれば…ここにたどり着くんだと思う…」
そう呟きながらガイシャは指を上に向ける。指し示しているのは天井ではなく、逆さ世界樹の上層と言うことなのだろう。…確かに、逆さ世界樹の大穴を落下し始めた死体、あるいは踏み外して誤って落下した生物は、その過程で何度も岩や崖にぶち当たり、細かく砕かれながら枝の一つに入り込むことになる筈だ。
そして枝に入り込んだあとは水の流れに乗って更に下層へと運ばれる。それこそ俺らがここまで降りてきた道であれば、死体は容易にここまで運ばれることとなるだろう。
「ハルト様。ここらを見てください。…その舐めて確かめるつもりは無いですが、恐らくこれは塩の結晶ですわ」
「そうなるとこの足元の水が塩水なのかな?」
皆で死骸の山を調べていると、メルルが死骸にこびり付くように結晶化した白い粒を指差す。…てっきり鍾乳石の類かと思っていたのだが、確かにそう言われれば塩の結晶にも見える。ここにたまる水はどこかで岩塩窟をとおり、多量の塩分が溶け込んでいるということだろうか…。
「ほとんど…腐敗が進んでいませんね…。闇の女神の祝福が掛けられた状態に似ていますが…どちらかと言うと…」
「
蝕む水の底は逆さ世界樹を落下してきたものが辿り着く、最下層の吹き溜まりということだ。ここまで行き着いた者達は塩漬けにされ、時の流れを忘れたかのようにゆっくりと腐敗していく。
中には耐塩性が高い植物なのか、死骸の山に根を張るようにして成長している植物の類も見て取れる。その植物が灯す青白い光が、どこか死骸に残った死者の魂のようで、より一層蝕む水の底の風景を冷たく照らしているように感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます