第323話 漁村を作る呪物

◇漁村を作る呪物◇


「それは…さっきも言ったけど、呪術の研究よ。もう少し詳しく探ろうとしてるところで見つかっちゃったのよ」


 つまりは、ここにオーベッド・オマージュが来ているという点以外には碌な情報がないと…。俺は探るように二人を見詰めるが、それ以上の情報は無いようで口を噤んだままだ。


「それで、お前らは何しにここに来てるんだ?ここまで聞いたんだから手伝って欲しいんだがよ」


「…単に狩人として逆さ世界樹を探索してただけだと言ったら?」


「こんな奴らのねぐらまで来といてそりゃねぇだろ。もしかして俺らの時も井戸を探して源泉まで来たって言うつもりか?」


 誤魔化すこともできるだろうが、この状況で諍いの種を蒔くことも得策では無いだろう。俺は守秘義務には触れない範囲で下層における狩人の動向を探っていたことを語る。それだけでも、二人にはある程度は伝わったようだ。


 なにせ彼らは半魚人サフアグンもどきを目にしている。どう考えても漏れ出せば問題になる状況ゆえに、地上でも彼らの存在が明るみに出つつあると判断したのだろう。…実際には不穏な動きをする者がいるという程度で、たいした騒ぎにはなっていないのだが…。


「あの…、オーベッドって人がどんな風に呪術を使ったか見ていますか…?できれば彼らの呪いを解きたいのですが…」


「彼らってあの魚人間のこと?…そうねぇ…」


 この二人の目的はオーベッド・オマージュの殺害であって、呪われた人々の解放ではない。そのことを感じ取ったタルテが情報提供を願うように二人に尋ねかける。二人も優先度が違うだけで解呪をしたくない訳ではないため、視線を上に向けて記憶を思い起こす。


「見てはいたが…どんな風にと言われてもな…。あれは、何をしてたんだ?俺には箱から流れでる歌を聞かせているようにしか見えなかったが」


「私も余り呪いには詳しくないけど…、あの歌う小箱が呪物なんじゃないかしら。彼は定期的にあの魚人間のところに来てその歌を聞かせているわ。…あぁ、あとは食べ物に指示をしていたから、たぶん呪いへの抵抗力を落とす薬も使ってるわね」


 その言葉を聞いたタルテは俺の方を向いてゆっくりと頷いた。恐らくはその歌う小箱とやらが呪物である可能性が濃厚なのであろう。タルテが言うには無くても時間を掛ければ解呪が可能だそうだが、呪いの核となる呪物があればより簡単に解呪できるため、できればその小箱とやらを入手したいところだ。


「…彼らは呪いの実験体になってるってことなのかな?」


「それは違うわね。私も毒を試すときに似たようなことをするけど、彼は観察や記録なんて取っていなかったもの」


「あいつらは単に取引材料みたいなもんだろう。オーベッドと他の奴らは別口の団体だろ?都合のいい奴隷を作りだす代わりに協力を要求したんだろうよ」


 ナナが眉を顰めながら呟くが、それを二人が否定する。別の観点からの言葉ではあるが、二人とも自信が有るのか決め付けるように言い切った。


「都合のいい奴隷って?あんなものが対価になるのか?」


「なんだ。お前は鉱山奴隷を見たこと無いのか?元気よく鶴嘴を振るう奴隷なんて扱いづらいだろうよ。程よく痛めつけるにもコツがいるんだよ」


半魚人サフアグンにする呪いではなく…、言うことを聞く人形にする呪いですか…」


 そう言われて俺は納得する。確かに鶴嘴という武器を持った元気な奴隷なんて反乱が怖くてまともに運用することができないだろう。かといって飯を抜いたり腱を切ったりして弱らしても、今度は採掘させるという目的が果たせなくなる。


 それもそれで気持ちのいい推論ではないが、確かに筋が通る。…できればその歌う小箱とやらを奪って解呪をしたいところではあるが、その隙は奴らにあるだろうか…?


「あ、でも…。実験体っていうのも完全に間違いってわけじゃないのかもね…」


 褐色肌の頬に指を添えながら彼女は惚けたようにそう呟き、興味を引かれた俺に視線を合わせて語り始める。


「あなた達もあの呪いを見たでしょうけど…、あれ、だんだんと半魚人サフアグンになるの。それで完全に半魚人サフアグンみたいになると、あのお家の奥に連れて行くのよ」


「ま、それで行き先にはオーベッドがいると思って忍び込んだんだが…、今に至ると言うわけだ」


 結局は彼らはオーベッドがここで何をしているか判明させると言うよりは、殺す機会を窺っていたという訳だ。姿を見せるのは歌う小箱を使うときのみで、周囲には地底の呼び声の者も複数いるため仕掛けにくい。そしてそれ以外のときは例の岩砦の奥に篭っているそうで、暗殺するには忍び込むしか道が無い。


 …だから、この二人は俺らに友好的に接しているのだろう。流石に二人で地底の呼び声を相手取るには人数差が厳しいが、俺らの協力を得ることができれば殲滅や、囮にして忍び込むことも可能になる。


「な、なぁ…。そのオーベッドはミドランジアを探そうとしてるんだよな?もしかして、蝕む水の底につれてってるんじゃないか…?」


 唐突にガイシャが言葉を放つ。俺らは何のことを言っているのか分からず、呆けたように彼を見詰め返した。


「ハルトは見ただろ!ほら、リーガングロックの手帳の最後!あの人の死因になった場所だよ!」


 いきなり注目されたことに焦ったガイシャが、叫ぶようにして捲くし立てる。俺は促がされるままにリーガングロックの手帳を取り出すが、その間にガイシャの言っていることについて書かれている記述のことを思い出す。


 彼が深海の星天石を拾った場所。そこは逆さ世界樹の最下層の程近くで、リーガングロックの記述を信じるならば毒気が充満しているらしい。そのことにリーガングロックが気が付いたのは体に変調をきたしてからであり、結局は地上に戻る前に彼は力尽きてしまったのだ。


 つまりは活動するにも命を蝕む場所に、ミドランジアを探すために奴隷化した半魚人サフアグンもどきを送り込んでいる…。俺はその可能性を吟味するかのように、口元に手を当てて思考を巡らせた。


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