第322話 この顔にピンと来たら生死不問
◇この顔にピンと来たら生死不問◇
「…ヴェリメラ。別に全部話して構わないだろ。…こいつらがまともな狩人なら、むしろ協力してくれるだろ…」
坑道を進み少しばかり広くなった箇所にたどり着くと、カクタスと呼ばれた男は岩壁に寄りかかりながらそう呟いた。考えているようで、実際は出たとこ勝負に近い提案に、ヴェリメラと呼ばれた女性はため息を付くも、胸の谷間から一枚の羊皮紙を取り出す。
彼女が差し出してきたので、俺がその羊皮紙に手を伸ばすと、ナナが先に奪い取った。…できれば彼女に相対するのは毒耐性のある俺の方が好ましいのだが、ナナも巨人族の血を引いているため俺ほどではないが毒に耐性があるので問題は無いだろう…。
「これって、指名手配書?書式は傭兵ギルドのもの見たいだけど…加筆してあるね」
俺はナナの広げた羊皮紙を脇から覗き込む。手配犯の名前はオーベッド・オマージュ。ナナの指摘した加筆というのは報奨金に関る場所のことだろう。
男の言った暗殺依頼というのはこの賞金首を殺すことを指すのだろう。…一つ不可解なとこがあるとすれば、この指名手配を発行しているのがこの国ではなく、西の隣国であるところだろうか…。
「こいつがこの国に逃げ込んできたから追ってきたのか?」
「そう捉えてもらって間違いないわ。…あえて付け加えるなら、その人はお隣で要職についていた人でね。この国で《おいた》をされると問題になるのよ」
落ち着きを取り戻したからだろうか、以前見たように妖艶な雰囲気を醸し出し始めた女性が、俺を見詰めながら妖しく微笑んだ。…要職についていたのに今では賞金首という不穏な状況に思わず眉をひそめるが、ヴェリメラは俺のそんな反応に構う事無く詳しく語り始めた。
彼女曰く、始まりはこの国を挟んで反対側にあるガナム帝国にて信仰されている唯一神教が西の国で広まったところから始まるらしい。平地人至上主義の彼らは俺らにとっては余り好ましい宗教ではないのだが、今回はそれが良い方向に、…迷惑が掛かっているという点では悪い方向だが、オーベッド・オマージュの罪を明らかにすることに貢献したらしい。
「…つまり、国の魔法研究所で働いていたオーベッド・オマージュが、実は違法な研究に手を染めていたと…」
「私もその辺は詳しくは知らないのだけれどもね。平地人主義の教徒が彼の事を探ったところ、きな臭い犯罪者集団のカーデイルの亡霊と繋がっていたって訳」
指名手配書に書かれた情報によると、彼の種族は平地人ではあるが、
「お偉い魔術師さんが亡国に執着するなんてな。…そんなに故郷とやらは良い物なのかねぇ」
「人によるんじゃないのかしら。私はあんなところに戻るだなんてゴメンだけれども」
嘲笑うように語る二人組みを脇に見ながら、俺は指名手配書に書かれたオーベッド・オマージュの情報に目を通す。…魔法研究所に在籍していただけあって、高度な水魔法を使うらしい。そして、備考に呪術を用いる可能性が高いとも書かれている。
呪術に造詣が深いというのであれば、
「…違法な研究と言いましたが、それは確かなことでして?私達はあまり不確かな情報で動きたくはありませんわ」
「それは間違いないわ。彼が行っていたのは代償を伴う呪術の研究よ。だからこそ彼はここに逃げ込んできたの。…なんでも、ここの地下には特級の呪物があるそうじゃないの」
「…飢えに乾くミドランジア。触れる者を塩に変える呪い…」
「そうそう。そんな名前だったかしら。だからこそ私達がわざわざ雇われたのよ。罰されるのを恐れて身を潜めてるならまだしも、他国に行って厄介なものを掘り出そうとするなんて下手をすれば国際問題でしょ?」
メルルの問いに対する返答に、今まで黙っていたガイシャがミドランジアの名前を呟く。その存在が疑問視されていたミドランジアの名前を聞いたことで、逆さ世界樹と共に育ってきたガイシャの琴線に触れたのだろう。
…国の要職にいた人物が、他国で違法な研究の続きをしようとしている。外交ルートを通じて話を通せば済みそうな気もするが、それが弱みになることを嫌って、自分たちで始末をつけるため暗殺者を送り込むというのもありえなくは無い…。
「一ついいかな。二人はなぜ逆さ世界樹にそのオーヘッドって人がいるって分かったの?さっきの口ぶりからして、依頼者も逆さ世界樹に彼がいるって分かっているみたいだよね?」
ナナが二人に疑問点を尋ねる。確かに逃げたであろう指名手配犯がここにいると感知しているのは不自然だ。
「あー、何かおっさんが言ってたな。俺はここに居るって聞いただけだから覚えてねぇ」
「…私もそのものは見せてもらえなかったけど、彼がカーデイルの亡霊から受け取った手紙に書かれていたそうよ」
「手紙…?指令書みたいなもんか?」
「そこは想像だけど似たような物じゃないかしら。私達の依頼人が言うには…、確か…
俺が尋ねると、褐色肌の女性は指先に髪を巻きつけながら、思い起こすようにそう呟いた。身を屈めて俺に流し目をする彼女は酷く蠱惑的だが、それよりも彼女の呟いた単語に俺の意識が向いた。
「
「そういえばあそこも、元はカーデイルでしたっけ」
あの呪術師もカーデイルの亡霊に組する存在だったか。つまりは俺らがドンパチする前にあの呪物の写しが漏れ出してしまったということか…。
「テレムナートの話は傭兵の間にも一時期話題になってたな。アレにかかわってたのか?」
「呪術が関ってるなら大半はカーデイルの亡霊よ。あの国は呪術が盛んだったらしいしね…」
二人は直接関与していなかったからか、ちょうどいい話題だと言わんばかりに軽口をたたく。主な相手は大量の骸骨ではあったが、それを起したの呪術師を始めとする数人の人間だ。人災と言うことも有って傭兵にも話は知れ渡っていたのだろう。
「な、なぁ。結局、その指名手配されてるやつは…ここでいったい何してるんだ?」
ある意味では俺らが探りに来ていた目的を、ガイシャが縋るように二人に尋ねる。今のところ、そのオーベッド・オマージュの殺害が彼らの目的であるのならば、俺らとは協力的な路線を取ることができるが、ガイシャの尋ねている内容がはっきりとしなければ俺らも動きづらい。
俺もその質問に賛同するという意味をこめて、ヴェリメラと呼ばれた女性の目を見詰めれば、彼女は顔を赤くし、うつむくようにして視線を逸らした。
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