第320話 迷宮に出会いを求めるのは

◇迷宮に出会いを求めるのは◇


「すまん…。それを少し見せてくれ…」


 俺の回収したギルド証を見て、ガイシャが吸い寄せられるように手を伸ばす。そしてギルド証の束を選り分けるようにして目を通すと、そのうち幾つかを自身の手の内へと納めた。


「…ザドックに、アレン…。知った名前だ。しばらく前から見ないとは思っていたが、こんなところにいたんだな…」


「友人か…?」


「友達って訳じゃねぇよ。年齢も離れてるしな。…ただ、まぁ…一緒に飯ぐらいは食ったことがある間柄だ」


 そこまで親しいわけではないとガイシャは言うが、その瞳には確かに悲しみの色が見て取れる。また、その瞳は眼振を起して細かく左右に振れている。自分の知り合いが半魚人サフアグンもどきへと変わってしまったという衝撃的な事実が彼の正気を蝕んでいるのだろう。


 周囲に目を向ければ、彼らの境遇が推測できる。壁際には家畜用と思われる餌箱が置かれており、そこには雑穀の残りがこびり付いている。そして傍らには寝床らしき潰れた藁が広げられている。…彼らはここで意識を奪われてひたすらに酷使されているのだ。自由意志が残っている分、まだ奴隷の方がましかもしれない。


「こんな事をさせるために…わざわざ呪いを用いてるんですか…」


 こんな扱いをしていることに加え、呪いを使用していることにも納得がいかないのか、タルテが静かな怒りを表現するかのように言葉を放つ。威圧に似た怒気が彼女から漏れ出すが、半魚人サフアグンもどきの彼らは変わらず鶴嘴を振るい、妙な仕事歌が周囲に響いている。


 また、俺らが今降り立っている穴の底の壁には、ここから放射状に伸びる数本の坑道が掘られており、そちらからも仕事歌が響いて来ている。どうやら、ここで働かされている半魚人サフアグンもどきはそこそこの人数がいるようだ。


「呪いは解けそうか?」


「…時間が掛かります…。発動媒体の呪物があれば早いのですが…」


「ハルト様。どのみち助けるのは現実的ではございませんわ。よしんば直ぐに解呪できたとしても、彼らが逆さ世界樹を登れるまでに回復するには時間を要すはずです」


 半魚人サフアグンもどきに変質してしまっているせいで、いまいち彼らの健康状態を把握することはできないが、確かにメルルの言うとおりこのように酷使されている彼らが解呪して早々に十分に動けるとは考えずらい。


 …このまま上に戻ってミネラサール伯爵に報告をするべきだろうか。できればその呪物の位置や特性を把握はしておきたいが、人海戦術で彼らを捉えた後、ゆっくりと治療を行うというのも一つの手段であろう。


「どうしよっか。…もう少し向こうの拠点を調べてから戻る?」


「…そうだな。敵の勢力がどの程度かは把握しておきたいな」


 こうして治療可能な人質がいる時点で強行手段で押し切ることになる可能性が高い。変に警戒をされる行為は人質に危害が加えられる可能性が高いからだ。だが、そのためには地底の呼び声の人数と岩砦の構造ぐらいは編成に関るため仕入れておきたい。


 俺の言葉に反応してか、全員の視線が半魚人サフアグンもどきから離れ、岩砦のある方向へと向う。残念ながら穴の縁が邪魔して直接見ることは敵わないが、それでも岩壁を照らす橙色の松明の明かりが、ここからでも揺らめいていることが見て取れる。


「…ちょっとまて…!?妙に騒がしいぞ…。後ろに…その坑道に隠れる準備を…ッ!」


 タルテに掘ってもらった侵入経路に拠点を作って、暫く人の流れでも観測しようかと考えながら、岩砦の方を風で探っていたが、なにやら一気に岩砦の中が騒がしくなったのだ。何者かに見つかってしまったのかと思い慌てて周囲を詳しく風で探るが、俺らの周囲には半魚人サフアグンもどきしか存在しない。


「不味いな…。誰か飛び出してきたぞ…」


「この穴を登る暇は…有りませんね…。坑道に入りましょう…!最悪私が隠れる穴を掘ります…!」


 こちらに向かって歩いてくるものがいた場合、それを風で確認してからでも十分にこの露天掘りの穴から登って脱出できると考えていたが、こちらに向かって全速力で走りこんでくるとなれば話しは別だ。穴を登っている間に見つかってしまう可能性がある。


 もしかしたらこちらの感知できない方法で侵入したことを知ったのだろうか…。そんな事を考えながらも、俺らは周囲に開いていた坑道の一つに逃げ込むようにして隠れる。その間にも岩砦の方向を風で探るが、どうにも動きがおかしい。


 こちらに向かって走りこんでくる者は二人だけで、残りの人間は騒いではいるものの岩砦から外には出てきていない。さらにいえば、声を拾って具体的な向こうの情報を探ろうとしても、妙に魔法が邪魔される気配があり、拾った声も嗚咽のような声や咳き込む声だけで何が起こっているかがいまいち状況が把握できない。


「何か妙だな…。見つかったというより…何かしらのトラブルでも発生したか?」


「呪いが暴走したとか?あんまり好ましい状況とは言えないね…」


 俺らは坑道の暗がりに身を潜めながら、周囲の状況の推移を見守る。…複数の人間に呪痕を刻み、操り人形にするなど相当な呪術だろう。そんなものを扱える人材がこのクランにいるのかと懐疑的に思っていたが、もし不十分な実力で扱っていたのなら暴走することもありえない話ではない。


 …問題はこちらに向かってくる二人の人間だ。できれば完全隠密で行きたかったが、見つかってしまうようなら口封じをする必要もある。俺は山刀マチェットの鯉口を切りながら沈み込むように息を潜めた。


「クソクソクソッ…!なんであんな無茶するんだよ!?案の定見つかってるじゃねぇか!?」


「うるさいわねぇ…。もともと私達に隠れて探るなんてできる訳無いじゃない…!文句を言うならアンタもその図体を縮めてから言ってちょうだい!」


 ちょうど俺らの頭上にある穴の斜面を滑り落ちる音が聞こえてくる。片方は男でもう片方は女の声で、滑り落ちる音よりも声の大きい騒がしい二人組みだ。そして、何の悪戯か…、あるいは俺らの選んだ坑道が隠れるにはちょうどいい位置であったからか、その声の主達は示し合わせたかのように俺らの潜む坑道へと転がり込んできた。


「…シィッ!」


 坑道の入り口に姿を現すと、そのままの勢いでこちらへと向ってきたため、俺は先頭を走る片割れの男に向って切りかかる。


「ハァ!?待ち伏せかよ!?」


 しかし、ほぼ完全な不意打ちでもあったにもかかわらず、その男は俺の攻撃を防いで見せた。剣と剣が交わることで火花が飛び散り、俺と男の顔を一瞬だが照らし出す。その男の握る剣は雑種の剣バスタードソード。その顔もどこかで見たことがある顔だ。


「てめぇッ…!あんときの…!?」


「嘘…ッ!?…ダーリン…?」


 俺らの前に姿を現したのは、王都の水源である湧水の森にて出会った犯人の二人組み。片手半剣バスタードソード使いの男と毒使いの女が、驚くような顔をしながらこちらを見詰めている。そして、俺の背後で女性陣が剣を抜き放った。


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