第319話 変質した者達
◇変質した者達◇
「旅人を導く暗き月の祝福を。たとえ今宵、月が見えずとも …
この先へと進む前に、メルルが俺ら全員に呪詛を祓う闇魔法の祝福を施す。暗い洞窟の中に月明かりを彷彿とさせる淡い光が満ち、染込むように俺らの体に降りかかる。自分の体に作用するような魔法は初めてのためか、ガイシャは子供のような好奇心に満ちた笑みでその光を受け入れている。
そしてその光が収まると、タルテがゆっくりと壁に開いた覗き穴を拡張するようにして抜け穴を作り出す。未だ結構な距離があるとはいえ、互いに視線の通る位置であるため、なるべく穴が開いているようには見えぬようにする擬装も忘れない。
「このまま岩肌沿いに移動しよう。まずは奴らの拠点らしき場所に向うが…、ここも安全とは限らないから気をつけるぞ」
「それと、少しでも体調に違和感を感じましたら言ってくださいまし。再度呪詛を祓いますわ。…特にガイシャさんは気をつけてくださいね」
「お、おう。あんまり脅かさないでくれよ…」
ここからは危険性が増すためガイシャには留守番をしてもらう案も挙がったのだが、この歌に呪詛の効果が載っている場合、ガイシャ一人では対処ができない上、単純に深層で一人で行動すること事態が危険であるため、結局は付いて来てもらうこととなった。
それにメルルはガイシャの心配をしているが、タルテ曰く呪痕を発生させる呪いに関しては非魔法使いの方が高い抵抗力を示すことがあるらしい。なぜなら魔法自体が魂による自己の変質と拡張であるため、魔法使いの方が呪いによる変質を受け入れやすいのだとか。もっとも、その辺の呪いに関する抵抗力は魔法使いと非魔法使いの差よりも、個人差や種族差の方が大きいらしいそうだが…。
「ハルト。この宙を泳ぐ魔物は特に警戒は必要ないの?」
「ああ、どれも人を襲うどころか逃げ出すタイプの魔物だ。それこそ、下手に刺激して大量に逃げ出されるほうが問題だな。それを目印にして見つかる可能性がある」
俺らは珊瑚礁に似たキノコの群生地を隠れ蓑にして、遠くに見えた
「見えてきたね。普通の人もうろついてるよ。…あっちの壁の一帯を拠点にしてるのかな」
「さっきの場所から見えた人たちは…あの穴の底みたいですね…」
幻想的な海の底を抜けた先にあるのは竜宮城…などではなく、松明が焚かれた無骨な岩砦だ。岩砦は岩壁をくり貫いて作られており、洞窟よりは上等な住処ではあろうが、どうにも粗雑な印象を受けてしまう。
その岩壁にもキノコが群生しているため、一応は子供向けの絵本にありがちなキノコのお家と表現することもできるが、どちらかといえば海に侵食された住居といったほうが似合うだろう。先ほどまでは神秘的な光景を作り出していたキノコ達ではあるが、岩砦に巣食うその姿はなぜかおぞましさを感じてしまう。
また、橙色の明かりを灯す松明も魚油を用いているのか、どうにも魚臭さが鼻につく。どこからか漂ってくる潮の香りと合わさることで、俺の脳内には寂れた漁村が思い描かれる。ここいらにいる宙を泳ぐ魔物を食用として捕らえるためなのだろう。広げるようにして置かれた投網がよりその情景を濃くしている。
「露天掘りってやつか…。こんな所で随分大層な事をするな」
「そんな名前なのか、これ。確か…岩塩窟の方はこんな彫り方してるってきいたことあんな。逆さ世界樹じゃまず見ない掘り方だけどよ」
人の姿があるのは岩砦の周辺だけであり、露天掘りの大穴周辺には穴の底を覗けば人影が無い。探るために風を呼んでみれば、大半の人間は岩砦の中に詰めているようだ。それも大部屋らしき場所に集中しており、僅かにだが煮炊きの香りも漂ってくる。
恐らくは俺らが追っていた物資の補給班が辿り着いたため、飯の時間と相成ったのだろう。俺らは例の
「なんか…前に見たアンデットみたいだね。意識が無いのに勝手に動いてるっていうか」
「私は魅了にあった人間を思い出しましたわ。夢現でフラフラと動いている様子が随分似ております」
下を覗き込みながらナナとメルルが呟く。彼女達の目線の先では、穴の底の一角で歌いながら延々と鶴嘴を振るう者達の姿がある。俺が踊っていると評したように
そして、近場で観察することで少なくともこの者達が
「ちょっと伏せててくれ。少し、反応を見てみる」
俺はそう言って傍らに有った石を掴むと、彼らに向って投げ入れる。ガイシャは信じられないといった表情で俺を見るが、投げてしまった石は止まりはしない。石はそのまま緩い放物線を描きながら飛翔し、彼らのうちの一人の背中に命中した。
しかし、その者はひたすら鶴嘴を振るうだけで反応を見せることがない。やはり、何かしらの手段で無意識状態になっているようで、念のために追加で石を投げたりもしたが結局彼らからは何の反応も得ることができなかった。
そして、歌の影響が無いことを今一度確認すると、俺らはよりしっかりと観察するため穴の縁から底に向けて飛び降りた。既に数人の者の視界には俺らの姿が映っているはずなのだが、相も変わらず反応を見せることはない。
「やっぱり…呪痕ですね…。この夢現の状態も呪いのせいかと…。一人じゃなくて皆にかかっているということは…たぶん呪物を用いた呪いです…」
近場で彼らを観察しながら、タルテは不愉快なものを見るような顔でそう呟く。その間に俺は鶴嘴を避けるようにして彼らの後ろに近づくと、その首元につけられていたチェーンや紐を斬り飛ばす。呪われた者に触れるのは危険な行為ではあるが、巨人族に呪いの類は通用しない。流石に他人に掛かった呪いを解呪することはできないが、もしかしたらそのうち効くようになるかもしれない。
俺は斬り飛ばしたそれを集める。それは俺らの首に掛かっている物と同じ、ギルド証と呼ばれる金属のプレートであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます