第315話 地底の歌声

◇地底の歌声◇


「…なんだか、妙に不気味なところだな」


 最初の枝から更に分岐をした脇道を俺らは慎重に進んで行く。脇道といえどもその洞穴はかなりの大きさで、人が掘り進めた坑道ではなく最初の枝の更なる枝であることが窺える。しかし、その洞窟壁は試し掘りをしたのであろうか虫食いの被害にあった木材のように歪な凹凸が掘り込まれており、その不自然さにどうにも居心地の悪さを感じてしまう。


 その奇妙な壁には一定間隔で苔球…木の棒の先に光苔の塊を縛りつけ人工的に繁殖させたもの、いわば地下で過ごす狩人達のブランターが松明代わりに取り付けられており、非常灯のような頼りなさではあるが、俺らの足元を照らしてくれている。


「浅層でも思ったけど、洞窟は妙に音が反響するから距離が摘みにくいね。ハルト、歌劇場はまだ先なのかな?」


「まだまだだな。少なくとも俺の風が届く範囲にはまだ居ない」


 耳に届く仕事歌を聴きながら、ナナが俺に尋ねる。洞窟内では伝声管のように反響を繰り返し随分と遠方まで音を届けるのだ。だからこそ、前方から微かに聞こえる歌声に耳を澄ましても、近いようで遠いのか、いまいち距離感を把握することができないでいる。


「なぁ、随分離されているみたいが大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないから距離をとってんだよ。こんな一本道で詰めてみろ。あっという間に見つかっちまうぞ」


 不安げに声を掛けてくるガイシャに答える。俺が後を付けていた者達は既に洞窟の奥に姿を消しており、連なっていたランタンの明かりも見えない状況だ。俺の風を除けば、唯一声のように壁面に反射した間接光が、陽炎のように進む先の洞窟の壁に揺らめいていることで、奴らがそこに居ることを俺らに教えてくれている。


「ハルトさん…、この歌…何か変じゃありませんか…?」


「おいおいタルテ…さん。怖くなること言わないでくれよぉ」


 不意に、タルテが俺の袖を指で摘んで不安げにそう呟いた。ガイシャは付き合いで苦手なお化け屋敷に入った人のように、腕を抱いて震えたあと、申し訳なさ下にタルテとは逆の俺の袖を掴む。俺は無言で腕を引いて、ガイシャの掴む指を振り解いた。


 歌が変と言われて、タルテにはこの反響を繰り返していまいちはっきりと聞こえない歌の歌詞が聞き取れたのかとも思ったのだが、どうにもそういった様子ではない。ナナやメルルもタルテの言葉を聞いて歌声について何かを感じ取ろうと耳を澄ましている。


 俺は前方の足音を聞くことに集中していた風を、歌声を感じ取るように感覚の向かう先を切り替える。そうすると、タルテが変と言っていた理由を僅かに感じ取ることができた。


「…風じゃないな。音か?音に微妙に魔力が乗っている?」


「私には分からないけど…、どういうことなの?」


「あれだな、呪文や魔法の発動句みたいな…、音に魔力的な揺らめきがあるんだ…」


 俺はそう言いながら、皆を引き連れるようにして足元を照らしている苔球の照明に歩み寄った。近づいたことで苔球の妖しい光が足元だけではなく顔までもを照らし、不思議そうに俺の方を見詰める皆の顔を浮かび上がらせた。


「タルテ。この苔球を木魔法で少し活性化させてくれないか?」


「活性化…ですか…?」


 惚けたような顔をしながらも、タルテは言われるがままに苔球に魔法を行使してくれる。タルテの木魔法という栄養素が強制注入されたことで、光苔の明かりは今までの頼りなさを打ち消すようにはっきりと周囲を照らし始める。


 だが、単に明るくなっただけではない。その明かりはまるで炎のように揺らめいているのだ。タルテの木魔法で活性化したことでよりその光の変化が目に見えて分かるようになったが、比べてみれば他の光苔も同様に揺らめいていることが分かる。


 強く弱く、時に瞬くように変化するその明かりは、注意して観察してみれば遠方より届く歌声と連動していることが窺える。まるで観客が歌を聴いて体を揺らすように、歌に合わせて光量が変化しているのだ。


「光苔の明かりは物理的なものじゃなく、魔法的な発光だからな。空間に魔力的な揺らぎがあれば、それに影響されると思ったんだ…」


 誰も尋ねはしないが、俺はその明かりの揺らめきを説明する。それでも、何故歌声に魔力的な揺らぎがあるのか説明が付かないため、皆はまだ怪訝な顔をして音に集中している。


 皆はその謎を考えながらも、示し合わせたかのように先へと足を運び追跡を再会する。単にガイシャが先ほど言ったように、これ以上離れると見失うことを危惧しているのか、あるいは歌の元にたどり着けば、その答えが判明すると期待しているのだろうか。


 少なくとも前者の考えの割合の方が大きいのだろうが、進むにつれ大きくなってくる歌声のせいで、否応にも好奇心が湧き上がってきてしまう。だが、その好奇心と比例するように警戒心と不安もだんだんと強くなっていく。


「…ああ、ここまで来れば私にもタルテの言う変な感じと言うのが分かりますわ。これが魔力の揺らぎですか…」


「そもそも仕事歌って魔力が乗るものって事は無い?僅かに体力回復の効果があるから歌ってるってありそうだし」


「仕事歌のことは分かりませんが…聖歌には魔力が乗ることがありますよ…」


「なあおい、この歌ってやばい奴なのか?聞かないほうがいいのか?やばい?」


 その不安を払拭するかのように、メルルが揺らめきを感知したことを皮切りに、ナナとタルテが自分の考えを述べる。その様子により不安が掻きたてられたのか、ガイシャは少し焦りながら質問を繰り返した。


 俺も仕事歌については余り詳しくは無い。たたら製鉄や軍隊の行進、船の漕ぎ手や湯もみをする者達がタイミングを合わせるために歌っているという認識しかない。


「…潮の香り…?」


 原始的な呪法として確立された歌なら、ナナのいう体力回復のような効果があるやも知れないと思った矢先、俺の鼻腔に届いた匂いで警戒心が更に引きあがる。


「潮って、海の潮?ハルト、海に行ったことあるの?」


「あ、ああ…、海には行ったことが無いが…、…珊瑚だ。珊瑚を扱ったことがあってな。そんときに珊瑚の匂いについて尋ねて知ったんだ」


「本当に潮の香りですの?…岩塩は海から来たと聞きますから…その香りが今でも残っているのでしょうか?」


「…ネムラの塩は飢えに乾くミドランジアの呪いが作り出したもんだぜ?その逸話を信じてる俺の夢を壊さないでくれよ」


「もしかして…この地下には海が広がっているとか…」


 俺の齎した新たな情報に皆が口々に反応する。俺は前方から風を取り寄せるようにして何度も空気の匂いを嗅ぐが、やはり潮風のような香りが前方から漂って来ている。まったく予想もしていなかったものが俺の元へと飛び込んできたため、俺は多少混乱しながらゆっくりと首をかしげた。


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