第314話 地底の呼び声

◇地底の呼び声◇


「間違いねぇ。あいつは悪質なクラン、地底の呼び声の一員だ。前にそう言って酒場でくだ巻いてたよ」


 ガイシャが俺の後ろから耳元で囁くようにして呟く。ここは逆さ世界樹の中層のなかでも下層に近い位置で、もう少し深度を下げれば最初の枝が見えてくるであろう場所だ。俺達はミネラサール伯爵からの依頼を遂行するため、目星を付けたクランの足取りを追っているのだ。


 俺らの視線の先には地衣類の緑のカーテンの隙間から数人の男達が荷を担いで中層の道を降って行っているのが確認できる。彼らは大仰な荷物を背負っており、一見すれば僻地へと赴く商隊にも見える様相だ。


「俺がよぉ、地底の呼び声を悪く言うのには理由があるんだぜ?…あいつらは長期間活動するために下っ端がたびたび街で食料の買出しをするんだが、雑穀も一緒に買っていくんだよ」


「雑穀?まぁ、安上がりに済まそうとすればそうなるんじゃないのか?」


 質よりも量と言うのであれば雑穀は保存性も良いため、選択肢に上がる食料のはずだ。パンは意外と嵩張る上に腹持ちが悪いが、雑穀は満腹感を強く感じられる食料だ。美味いスープがあればそこにぶち込むだけで美味しく食べられるため、俺らもたまに利用している。


「あ?ああ、違う違う。俺が言ってる雑穀はネムラで飼っている家畜の餌さ。あいつらは基本は牧草を食ってるが、それだけだと体を壊しやすくなるらしくてな…。まぁ人も食えるが飢饉でもなけりゃ手をつけない代物だぜ?」


「飼料って訳だね。それなら確かに狩人が購入するのは不自然だね」


「まさか、内緒で逆さ世界樹で牛を飼っているわけではないでしょうし…。この前、にあった人たちが言っていたことが気になりますわね」


 ネムラの街は塩と宝石、鉱石によって栄えているが、それに継ぐ産業が畜産だ。そんな家畜に食べさせるための飼料を狩人が買って逆さ世界樹の中に運び込んでいる。メルルの言うとおり毎日牛乳を飲むのが日課で、逆さ世界樹の中でも我慢できないというなら別だが、どうしても以前ちらりと聞いた穴掘り奴隷という言葉と繋げてしまう。


「奴らは魔物の餌に使うと言っているらしいが、奴らの品性を知っている者からすりゃ、なにやってるかは想像がつくよな。大きな声で言わないだけで感づいている奴らは多いぜ?地底の呼び声は飼ってるんだよ。占領した採掘場所で人間をな…」


「それが本当なら…度し難いですね…」


 タルテがいつに無く低い声で呟く。俺らは不快な予想を立てながらも、気付かれないように視線の先の者達の後ろを付け始める。今回は俺らが追跡する立場となったわけだ。


 通い慣れた道なのだろう。推定地底の呼び声構成員は迷う事無く足を運んでいる。それどころか背に掛かる多量の食料の重みを嘆くように愚痴を放っており、その姿には警戒と言うものが無い。…余りに不用意な足取りに本当に狩人なのか疑いたくなるほどだ。彼らには自然に対する畏れが無い。ある意味では自分達の力量に自身があるのだろう。


「ハルト様。見えてきましたわ。最初の枝でございます」


「あー、妖精の首飾りの皆さんに言っておくが、そこより先には行ったことが無いからな。あんまり当てにしないでくれよ」


「奇遇だな。俺らもこっから先は未知のエリアだ。ま、せいぜい気をつけて進もうぜ」


 巨大な竪穴の中に開いたこれまた巨大な横穴に、ガイシャは恐怖を抱いたかのように進む足が遅くなる。俺は彼が遅れないように、軽く小突いて進むように促がす。ここまでの深さにくると、周囲は夜のように暗くなるのだ。追跡のために光量を落としている俺らは、一度逸れてしまえば再び合流することが困難なのだ。


 俺らはそのまま最初の枝へと足を踏み入れる。遠めで見ても巨大に見えたその横穴は、近場で見ればより巨大に感じる取れる。それこそ、とてつもなく天井が高いため、深く広い谷間の道を進んでいるようにも錯覚してしまう。


 そして何より、外は薄闇程度の暗さであったが、穴の中は墨を溶いたかのような暗闇だ。発見される確率は増すが、このままでは進むこともできないので俺はタルテに頼んで少し光量を上げてもらう。


 標的の者達も、煌々とランタンをたいて最初の枝に向って進んでいる。その光を目印にして、俺らもひっそりと後に続く。…暗闇の中に数珠繋ぎのようにならんだその明かりは、まるで水平線に浮かぶ不知火のような光景だが、より深部へと俺らを誘っていることを考えれば、一掴みの藁のウィリアムウィル・オ・ウィスプの方が正しいだろう。


「…なにこれ?歌?歌が聞こえる…」


「台詞だけなら神秘的だが、おっさんの歌声じゃなぁ…。作業歌ってやつだろ」


「結構な人数ですね…。陽気な調べです…」


 最初の枝の奥から聞こえてくるのは、連続して響く鶴嘴の音と、どこか牧歌的な男達の歌声だ。最初の枝の暗さと今までとは微妙に違う地形も相まって、別の世界に迷い込んだようにも感じてしまう。


「…おい、脇道に逸れたぞ。確か…ここは真っ直ぐが下層に続く道だよな」


「先輩方にはそう聞いてるぞ。その手帳にはなんて書いてるんだ?」


 最初の枝を進んでいくと、その光が先頭から順々に消えていっている。それは光を消したのではなく、こちらの死角となる脇道に彼らが入っていったからだ。


 俺はガイシャに促がされリーガングロックの手帳に目を通す。幾分か解読の進んだ彼の手帳には下層に潜るためのルートがいくつか記されているが、それでも奴らが入っていった道から下層に繋がる道は記載されていない。


「…てことは、新たに開通した訳じゃないなら、あそこがなんだろうね」


「…彼らが独占している狩場ですか…」


 俺らはそのまま彼らが消えたところまで足を進める。そして、立ち止まって恐る恐る脇道の中を覗きこんだ。


 あいも変わらず、見通すことを拒むような深い闇。その闇の奥からは、少し鮮明になった男達の歌声が響いて来ていた。


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