第313話 ハルトが飲むネムラのコーヒーは苦い

◇ハルトが飲むネムラのコーヒーは苦い◇


「おわぁッ…!?」


 ミネラサール伯爵との会合からしばらくした後、俺らはガイシャと共にとある坑道の前まで来ていた。目の前では鉱石を抱えた子供が転び、その抱えていた鉱石が俺らの足元にぶちまけられる。子供は薄汚れており、その体には擦り傷などが見て取れる。


「なにやってんだよ…!?そんなに抱えてたら危ねぇだろうが!!」


 ガイシャの怒声が坑道の中に響き渡る。そのその怒声を聞いて子供はヘラヘラと笑いながらも謝って鉱石を拾い始めた。傍らにいたタルテが慌てて手伝うように鉱石を拾い始める。


 食う者と食われる者。そのおこぼれを狙う者。鶴嘴をもたぬ者は生きては行かれぬ穴掘り共の街。あらゆる宝石が装飾するネムラの街。ここは逆さ世界樹が生み落とした長く深い第七坑道。タルテにしみついたご飯の匂いに惹かれて小さな奴等が集まってくる。


『飯の時間だぞ。中にいる奴は手を止めて出でこい。狭いんだから慌てるなよ』


 タルテに集まってきた奴を牽制するようにして、俺は行動の奥まで声を届ける。慌てるなと言っているのに中からは子供達がワラワラと湧き出してきている。


「ほら、まずはこっちに並んでくださいまし。この桶の水でしっかりと手を洗うんですよ」


「手を洗ってから並んでね。大丈夫、沢山あるから慌てないで」


「いいかぁ!?このお姉さん達の言うことはちゃんと聞くんだぞ!」


 炊き出しの大鍋の周囲ではナナとメルル、ガイシャが子供達に声を掛けている。…孤児出身のガイシャがいるお陰か、子供達は素直に言うことに従っている。


 坑道にて子供達が働かされているという、一見すれば倫理的に問題のある光景だが、この坑道はわざわざ子供達のために用意したものだ。


 追徴金として多額の金貨を得た俺らではあるが、そのお金は何も嬉しいことばかりではない。追徴金の形式として致し方ないことではあるのだが、依頼者に通達する過程で俺らが多額の追徴金を入手したという情報が知られてしまうのだ。


 ある意味では宝くじに当たった人間が知られてしまうような状況であるため、身の回りが騒がしくなることは確実だ。だからこそ俺らは追徴金をそのまま坑道の採掘権に変える事にしたのだ。逆さ世界樹の上層は複数の坑道が掘られており、全てが一般開放されているわけではない。


 たとえば、鉄鉱石が多く産出する坑道などはトロッコ等の設備もあるため、ミネラサール伯爵の雇った鉱夫しか入ることしかできないのだ。逆さ世界樹の穴を淵から覗いたときに見える崖の途中に建てられた中空を走るトロッコなどはその坑道のものだ。


 俺らが買い取ったのはそんな坑道の一つで、採掘権が定められている第七坑道と呼ばれる坑道だ。この坑道は浅層の坑道でありながら鉱石や小粒の宝石類が数多く産出する比較的利益の高い坑道だ。通常であれば高額な追徴金でも採掘権が買えぬほどの場所だ。


 しかしながらこの坑道はとある問題を抱えており、完全に採掘が止まって腐らしていたらしいのだ。そのためミネラサール伯爵は、安価な価格で採掘権を俺らに譲ってくれたのだ。


「入り口でこれだと、確かに普通の人は厳しそうだね。私達でも何とか通れるってぐらいかな」


「ナナとメルルは入るなよ。中で更に狭くなってる。…タルテならいけるだろうが…」


 ナナが子供達の出てきた坑道を覗き込みながら、中の様子を確認する。…この坑道の抱える問題とは、採掘場所に至るまでの道のりが非常に狭いのだ。しかも固い岩盤に囲まれているうえ、採掘場所まで距離があるため掘って広げるという選択肢もとりづらい。


 もともとはネムラに済んでいた彫金師のハーフリングが自分達の宝石を掘り出すために掘ったものらしい。たしかに俺では厳しいだろうが、父さんぐらいであればちょうど良い程度の広さの坑道だ。…つまり、子供達にはちょうど良いサイズの通り道なのだ。


「へへへっ、悪いな。こいつ等のためによ。まさかガキどもを使うとは考えもしなかったぜ」


「採掘は子供任せだが、管理はちゃんと頼んだぞ?俺らはいずれこの街から出て行くんだからな」


「任せてくれ。信頼の置ける奴に集まってもらってる。…特に女達は娼館ぐらいしか働き口が無かったからな。ここの管理で食わせてもらえるんなら決して裏切ることはねぇよ」


 ガイシャが鼻の下を擦り、照れながらも俺らに感謝を述べる。…建前上は子供達を働かせているのではなく、子供達の採掘を禁止していないというだけだ。だが、子供達は採取した宝石類を管理者であるガイシャの用意した者達に売ってくれる。そして管理者は子供達の面倒を見るのだ。


 そのため、今まで危険を冒してまで逆さ世界樹に潜っていた孤児たちはこちらに潜るようになった。完全独立の坑道であるため魔物の心配も要らない。…長く利用するため、子供達には取りすぎるなと通告しており、正直言って俺らの手元に上がってくるほどの利益は無い。


 つまりは慈善事業だ。その点はミネラサール伯爵も理解しており、それは領主の仕事だからと更に採掘権の価格を引いてもらっているのだ。


「それで、例の件は考えてくれたのか?買取所のゴタゴタも片付いたし、そろそろ次が動き始めるぞ」


「…ここまでされたら、断るわけにはいかねぇよなぁ。いいぜ。協力するよ。俺の身は守ってくれるんだろ?」


 俺が小声でガイシャに尋ねかければ、ガイシャは神妙な顔で頷いてくれた。…こんな形で慈善事業に金をつぎ込んだのはガイシャの協力を取り付けるためでもある。


 ミネラサール伯爵と例の性質の悪い狩人について話し合った結果、まずは下層の状況を正確に把握する必要があるとの話になり、俺らがその任を買って出たのだ。もちろん無償ではなく、リーガングロックの手帳を貰い受けることを対価として提示してある。


 そして、ガイシャに頼んだ協力とは、俺らと共に下層に潜りそこで活躍する狩人の実態を把握することだ。この街で生まれ育ったガイシャであれば、顔を見ただけでどこぞの誰かが判別が可能なため、是非とも協力を仰ぎたかったのだ。


 …ちなみに、セレビジア子爵は買取所で行っていた数々の不正が明るみに出て、早々に投獄された。今ではセレビジア子爵の甥に当たる人物が爵位を継ぎ、ミネラサール伯爵の元で鍛えられることとなっているらしい。


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