第312話 貴族の問題と狩人の問題

◇貴族の問題と狩人の問題◇


「まさか…、セレビジアがそんな事を申しておったとはな。…そなたたちを単なる狩人と侮ったということか…。よくよく見れば所作から貴族関係者と分かるだろうに…」


 ミネラサール伯爵が信用の置ける人物だと判断した俺らは、買取所から始まるトラブルとセレビジア子爵との諍いの内容を打ち明ける。訴えかけるというよりは、雑談の延長戦のような話方ではあるが、伯爵は深刻な顔をして耳を傾けてくれる。


「まぁ、こちらは名乗りも紋章も掲げてませんから。その点では気にしていただなくて結構ですわ」


 貴族に不埒なことを強要しようとしたことは、場合によっては貴族間のトラブルへと発展するが、その点は心配が要らないとメルルが答える。貴族として扱われるには貴族として振る舞い、表明している必要がある。


 狩人として活動している時のナナとメルルは貴族であって貴族ではないのだ。あの場で先に自身の身分を打ち明けていたならまだしも、身分を隠していた二人に無礼を働いたところで問題にならないわけではないが、大事になることはない。


 ついでに言えば、セレビジア子爵とトラブルになった際、彼には名乗りを挙げさせていない。彼は紋章の入った服も着ていなかったため、少し強引だが貴族のような服を着たおっさんに喧嘩を売られたから買って出たと言い張ることも可能だ。


「そう言ってくれると助かるが、問題は宝石の買い取り価格といったところかな。あやつめ…価格安定のための買取所で、なんて価格で買取をしておるのだ…。余計に市場に混乱を招くではないか」


「この深海の星天石を金貨十枚とは…、随分な横暴もあったものですね」


 今まで黙っていた付き人の男も、あまりの内容に脇から口を挟む。傍らでは気を利かせてギルド員の方が、俺らの証言を記載してくれている。恐らくは衛兵に調書の代わりとして提出するつもりなのだろう。


「この件は悪いようにせん。痩せた土壌の多いこの領は塩と逆さ世界樹が重要な財源だ。奴には厳正な対処をすることを誓おう」


 厳しさを感じる言葉だが、ミネラサール伯爵は草臥れた会社員のような雰囲気を纏っている。その重要な財源に関る管理を任せたが裏切られてしまったことによる落胆か、あるいはその仕事も結局は自分に回ってきたことによる気苦労だろうか。


「…ところで、買取所がそんなことをしていたとなると中層以下に潜る狩人は随分減ってしまっているのかね?」


 そんな草臥れた雰囲気を書き換えるかのように、ミネラサール伯爵は指を組んで低い声で尋ねる。その声の先は俺らだけではなく、狩人ギルドのギルド員にも向けられており、唐突に話を向けられたギルド員は姿勢を正すようにしてうろたえている。


「ええと…、確かに狩人達の活動は数値的にはまだそこまでですが、下降の一途を辿っています。確かにこのまま放置すれば、来年には目に見えて減少してしまうと思われます。ただ、宝石の窓口が買取所に変わってしまったせいで、正確な数字となると狩人ギルドで把握できていないのが実情でして…」


 俺らに余計なことを言わせないためか、ギルド員はすぐさま平静を取り戻し言葉を紡いだ。しかし、これを機に俺らにも打ち明けたいことが存在する。ミネラサール伯爵も現役の狩人の言葉を聞きたいのか、ギルド員の言葉を聞いた後に、俺らに向けて視線を投げかける。俺らが何を言い出すか気にするように、ちらちらとギルド員の視線も向けられた。


「…俺らはここに来てまだ浅いから未だに細部までは把握していませんが…、中層に潜った二回の探索において、二回とも後ろを付けられました。…さらにはリーガングロックの遺体を回収した際には出口付近で待ち伏せをされるという状況です」


「私達が女所帯ということに理由があるとは思いますが…、二回潜って二回ともとなると、少し治安の悪さが気になります。…トラブルを嫌って中層以下を避けてる人もいるんじゃないでしょうか…」


「中には不穏な会話をしている者たちもおりましたわ。…討伐が必須の魔物素材とは違って、宝石の出る逆さ世界樹は他よりも安全性が高いことが売りですのに、そこで活動している狩人達で危険度を自ら上げている印象がありますわ」


 俺の話にナナとメルルが追従する。その言葉を聞いて、ギルド員はばつの悪そうな表情を浮かべ、ミネラサール伯爵はこめかみを押さえてため息を吐き出した。


「その辺も余り改善していないようだね。買取所を設けた目論見は全て意味が無かったということか…」


「申し訳ございません。質の向上には努めているのですが、なにぶん逆さ世界樹のそこはある意味治外法権という状況ですので…」


 俺らのいった言葉をまるで予期していたかのように、ミネラサール伯爵とギルド員は言葉を吐き出す。そこが気になって窺うような顔をすれば、伯爵は気持ちを吐露するかのように俺らに話を語ってくれる。


 そもそもの話、逆さ正解樹の深い階層で狩人達が好き勝手するのは、程度の差はあれど昔からの頭の痛い問題だったそうだ。そのため、買取所を設けたのは全ての宝石を強制的に買い取ることで、下層の状況を把握し、できれば不当な行為で宝石を入手することを忌避させる思惑もあったらしい。


 メインが価格調整であり、そういった思惑は副次的なものであるため、そこまで有効な手段ではないのだろうが、確かに売りさばく箇所が一箇所、しかも領主の直営店となると、略奪品の類は捌きづらいものだろう。…実際はその買取所もお粗末なものではあったようだが…。


 …なにより、その性質の悪い狩人の所業は宝石の強奪どころでは済んでいない。ガイシャから聞いた話では、まさに山賊と似たような諸行だ。


「…そうだな。今日はもう時間も無いからここらにいたそうか。…できれば、また今度時間を取ってもらえないかね?外から来たそなた達ならば余計なつながりも無いし、なにより信頼が置ける」


 外部からの意見を欲したのか、ミネラサール伯爵はそう俺らに打ち明けた。面倒なことになりそうな予感はあるものの、そもそも俺達はその性質の悪い狩人に半ば目を付けられているであろう状況だ。ミネラサール伯爵に協力して対抗するのも悪くは無い。俺はその意見に乗るかのように手を差し出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る