第311話 領主の推し活

◇領主の推し活◇


「なんと…!?あの姫様のご子息とは…!いやはや、お子さんがいることは耳にしておったが、まさかこんな物理的に大きなお子さんがおらなんだとは…。ハーフリング故にお子さんも小さな体躯だとばかり…」


 俺たちは続けて女性陣の自己紹介も済ませ、そして半ば気付いているようであったため、ロケットペンダントに描かれたの息子であることも打ち明けた。…残念ながら父さんが男性であることを話しても、そこはピンポイントで耳が遠くなるようで、姫様呼びを改めることはしてくれない。


「…あの…、ハルトさんのお父さんって…」


「…綺麗な方だよ。前に花妖精を見たよね?それよりも妖精って感じかな」


 俺の父さんと直接の面識が無いタルテが不思議そうに小声で尋ねると、ナナも小声で説明をしてあげている。それでも理解は及んでいないらしく、姫様と父親というベクトルの違うはずのワードの間で混乱しているようだ。


「それに、ネルカトルの娘子もおるとはな。父君には随分よくしてもらっているよ」


 まるで自分の孫娘を見るかのような慈しむ視線をナナに投げかけ、ミネラサール伯爵は自分の心を落ち着かせるためかのように紅茶に手を付けた。


 以前、ギルドでここの領主はネルカトル領をライバル視していると聞いていたため、ナナの生家が知られてしまうことを危惧していたが、どうやら関係性は悪くは無いらしく、むしろ良好といえるようだ。


「あの…、私はあまり家のことに関ってはいないのですが、どのような関係で…?ここはネルカトル領とはかなり距離もありますが…」


 ナナが申し訳無さそうにミネラサール伯爵に尋ねる。自分の家との関係性を他家に尋ねるのはあまり良いとは言えない手段だが、彼女からしてみれば好意を向けられる理由が分からないままでいるほうが居心地が悪いのだろう。


「おや?知らないのかい?…セレビジアと話しているときにも少し触れたが、ダイヤモンドの件だよ。今までまともな加工ができずに二束三文で取引されていたダイヤの価値を上げてくれたのがネルカトル家なのだよ。そのお陰でうちの財政はかなり好調でね」


 …考えてみれば当たり前か。ネルカトル領はダイヤモンドの加工で利益を上げていたが、そのダイヤの原石の主な生産地はこのネムラだ。ネムラからしてみせれば中々買い手のいなかったダイヤを買ってくれるのだからネルカトル領は上等なお客様と言うわけなのだろう。


「それでそのダイヤモンドの加工法を確立したのが、例の姫君でね。以前、領にお邪魔した際にご挨拶をしたが、あまりの美しさに目を奪われてね。…ああ、勘違いしないでくれ。決して横恋慕をしているわけではないよ。これは何と言うか…、ある意味崇拝に近い気持ちだな」


 そう言ってミネラサール伯爵は両手に父さんの姿絵を握り締めると、祈るような姿勢をとりながら恍惚とした表情を浮かべている。…横恋慕は当たり前だが、父親が推し活の対象になっている話なども聴きたくなかった…。しかも、綺麗なご婦人が父親のファンというのならばまだしも、今目の前でうっとりしているのは初老のおっさんだ…。


「ああ、その話は聞いています。…その、てっきりネルカトル領が宝飾品に力を入れたことで、関係を悪くしているものかと勘違いしておりました…」


「もしかして、街で何か話を聞いたのかな?切磋琢磨の相手としてネルカトル家の事を口にしたことがあったのだが、中には曲解して私がネルカトル家を目の敵にしていると勘違いしている者が出てきてしまってね。いやはや、発言には気を付けなければと反省したものだよ」


 髭を撫でながら、ミネラサール伯爵は楽しげに語っている。俺らがライバル視の切欠として耳にした、父さんが作製したネックレスが王妃に献上された件についても、そもそもの話の発端がミネラサール伯爵にあったそうだ。


 ミネラサール伯爵家は、加工不能であるが故に価値が見込めなかったが、希少性は非常に高い大粒のカラーダイヤをいつかは役に立つだろうと代々保管していたらしいのだ。それを加工が可能になったということで、父さんに加工を依頼し、そして最終的には王妃に献上されその首を飾ることになったのだ。


「…マリガネル様。そろそろ…」


「おお、そうだな…!まさかこんな出会いがあるとは思わず、つい話し込んでしまったようだ」


 滔々と話を続けていたミネラサール伯爵に、付き人の男が耳打ちをする。俺らの話が当初の目的から随分と脱線してしまったため、忠告を入れたのだろう。部屋の片隅では交渉の立会人として参加してくれていたギルド員も、思いのほか盛り上がっていた会話に苦笑いを浮かべている。


「まずは…、我が古き友であるリーガングロックの遺体を持ち帰ってくれたことに格別の感謝を…」


 ミネラサール伯爵は席を立つと、セレビジア子爵のことを詫びた際には下げなかった頭を俺らに向けて下げてみせた。顔を上げたミネラサール伯爵は、寂しげではあるが、どこか晴れやかな表情をしていた。


 …領主であるならば、自分の領の最前線で活躍する狩人と交流があることも頷ける。ミネラサール伯爵の表情からして、知り合い程度や仕事上の関係性ではなく、友誼に厚い間柄であったのだろう。


「こちらが、リーガングロックの遺品になります。…事前に報告させていただきましたが、ご遺体の方は既に教会へと引渡し済みとなっております」


 このまま放っておけば、リーガングロックとの思い出話に入りそうな雰囲気であったため、ギルド員が気を効かせてテーブルの上に遺品を並べていく。大半は形見以上の価値は無い代物だが、唯一深海の星天石だけは価値が跳ね上がる。


 深海の星天石だけが厳重な箱に移されており、慎重な手付きで箱の蓋が開かれると、その場の全員の視線がそこに釘付けとなった。


「これはまた…見事なものだな。単に宝石と評価するよりも、力ある石と評したほうがしっくりと来るものだ」


 ミネラサール伯爵はモノクルを片手で押さえながら深海の星天石を覗き込んだ。外より暗い室内であるはずなのに、深海の星天石は自ら光を放っているかのように妖しく輝いている。


「ギルドはこの石に関しては、どのような扱いにするつもりでしょうか?」


 石に見惚れているミネラサール伯爵を放置するようにして、付き人の方がギルド員に質問を投げかけた。


「この石に関しては事前に告知したとおり、追徴金が発生する事項と判断いたします。…採掘自体をリーガングロックが行ったことを加味しても、金貨五百枚が妥当な額かと…」


 待ってましたと言わんばかりにギルド員が追徴金を言い渡す。…金貨五百枚となればかなりの額だ。この額が狩人ギルドの依頼で発生することは滅多に無いと言い切れるほどの価格で、それだけ深海の星天石が高価な代物だと認められたからだろう。


「問題ない。その価格を払おうでは無いか」


「…マリガネル様。宜しいのですか?」


「構わん。変に値切ってしまっては妖精の首飾りに…なによりこの深海の星天石に失礼ではないか」


 即答で払うと答えたリーガングロック伯爵に付き人が尋ねかける。ギルド員も金貨五百枚を基準に交渉が始まると予想していたようで、早々に交渉が終了してしまったことに戸惑っている。


「そ、それでは他の依頼者にもその価格にて追徴金を打診しておきます。…高い確率で他の方々は遺品を受け取る権利を放棄すると思いますので、その際は改めて連絡をさせていただきます」


「ああ…、深海の星天石とその他の遺品は別で処理をしてもらえないかな。形見を欲しがる者もいるはずだろう?」


 そう言いながらミネラサール伯爵は深海の星天石から目を離すと、恭しい手付きで箱に蓋をする。挨拶と共に始まった雑談とは違って、本命の交渉は二言三言で終わってしまった。ギルドも俺らもお礼に託けて価格の交渉をするつもりだと睨んでいたのだが、ミネラサール伯爵はお礼の方が本命であったらしい。


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