第310話 子爵が去って伯爵と
◇子爵が去って伯爵と◇
「セレビジア…。依頼の正当性を勘違いしたのならまだしも、そのような手段に打って出たのは擁護できんぞ」
ミネラサール伯爵が失望したような表情をセレビジア子爵に向ける。伯爵は付き人から便箋を受け取ると、衛兵に向けた書付をしたためる。そこにはセレビジア子爵を拘束し、調書をとるように書かれている。伯爵からの指示があれば、直ぐにでも衛兵の動くことができるのだろう。
「お待ち下さい!このような者達の言葉を信用なさるのですか!?」
「そなたはここにいる者たち全てが口裏を合わせていると申すのか?なにより、依頼内容に問題がないのであれば、そなたと事を荒立てる理由が無いではないか」
セレビジア子爵が抗議するが、ミネラサール伯爵は相手にしない。伯爵は書付と銀貨をギルド員に渡すと、都合の良い狩人に衛兵の詰め所までの書付の送り付けの依頼を出した。そしてギルド員は手早くその事務処理を済ますと、ギルド内にいた年若い狩人に依頼を受注させた。
狩人ギルドから飛び出していくお使いの狩人を見て、セレビジア子爵は止めようとするが、ミネラサール伯爵の付き人が子爵の動きを嗜めるように眼前に立ちはだかった。セレビジア子爵は他に助けを求めるようにギルド内を見回すが、味方となる私兵や買取所の男は完全に捕縛され床の上で呻いているだけである。
「クゥッ…。…確かに私の私兵と狩人が諍いを起こしたのは事実。統治する立場の者が不用意に領内を荒らすこととなった責は負いましょう…」
セレビジア子爵は悔しげにしながらも、反省する素振りをミネラサール伯爵にみせる。…ここは素直に従って、少しでもミネラサール伯爵の心象を良くすることに注力するつもりらしい。
実際問題、実行犯の私兵はともかく、セレビジア子爵は罰金刑で済むだろう。そのために子爵は私兵を差し向けた際に斬れと発言はしなかったのだ。剣を抜いたのは私兵が暴走したからで、セレビジア子爵にあるのは雇用主としての責任だけだ。これで何かしらの被害を俺らが被っていればそれの補填費用も請求できるだろうが、生憎俺らには傷一つ無い。
だからこそ、セレビジア子爵はここで引き下がる選択を取ったのだろう。多分、俺らのことも後からどうとでもできると考えているのだろう…。しかし、そんな事を思っているであろうセレビジア子爵を見詰めるミネラサール伯爵の視線は冷たい。
「それと、買取所の運営から退いてもらう。そなたの両親には世話になったから、その時の義理で買取所を任せておったのだが…、少々管理能力に問題があるようだからの」
「な…!?買取所は私が立ち上げたものですよ!それを取り上げるのはあまりにも横暴なのでは…!?」
ミネラサール伯爵から言い渡された言葉に、落ち着きかけていたセレビジア子爵は再び騒ぎ始めた。子爵は目が泳ぎ見て分かるほど冷や汗を掻き始める。
「確かにそうだが、立ち上げは私が指示したものだろうに…。別に構わんだろう?立ち上げの際にも言ったが、買取所は価格が急激に高騰したダイヤモンドの価格調整のためのもの…。禄に儲けなど上げられないはずであろう…?」
そう言ってミネラサール伯爵は探るような視線でセレビジア子爵を見詰めている。…領主直営の買取所ではあるが、実質的な采配はセレビジア子爵が握っているということか…。今までの口ぶりからしても、あの買取所の実態はミネラサール伯爵の与り知らないものなのだろう。
「そ、そんな…」
「暫くは大人しく謹慎してるがよい。そら、お迎えが来たぞ」
狩人ギルドの入り口には衛兵がもう駆けつけてきている。使いを出してからさほど時間は経っていない筈だが、伯爵からの指示だということでかなり急いで駆けつけたのかもしれない。
彼らはミネラサール伯爵に敬礼をすると、すぐさま私兵とセレビジア子爵を連行し始める。ここまで来たら抵抗は無意味と考えたのか、あるいはどう対処すべきか考えているのか、意外にもセレビジア子爵は促がされるままに歩き始めた。
一応は俺らも関係者であるため連行の対象ではあるのだが、それをミネラサール伯爵が手で制す。
「先ほどの依頼書の達成者がそなたたちなら、今日ここに来たのは儂の我が侭に付き合ってくれたからであろう?まずは礼よりも先に配下の者が迷惑を掛けたことを詫びよう。…調書の方は問題がなければギルドの者に任せるがよい」
「あら、それではそうさせて頂きましょう。折角のミネラサール伯爵にご挨拶できる機会を、つまらないことでふいにする訳にはいきませんもの」
ミネラサール伯爵が俺らに向けて謝罪の言葉と提案を投げかけると、メルルが率先して答えてくれる。メルルはミネラサール伯爵に向ける態度は随分好意的なものだ。先ほどの遣り取りで、話のできる貴族だと判断したのだろう。
「それにしても、リーガングロック殿の遺体を回収しただけでなく、上手くセレビジアをあしらってくれた事にも礼をせねばならんな。…なにぶん、買取所の悪評は聞いてはいたのだが、儂が介入するには名目が無くてな…」
つまりは、今回の件を理由にすることで買取所の運営に介入できるということなのだろう。ミネラサール伯爵は、先ほどまでの真剣な鋭い顔付きを解き、今では機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。
この場で挨拶をしてもよいのだが、まずは場所を移そうとギルド員が気を利かせて応接室まで案内をしてくれる。案内されたのは貴人や大商人などを迎え入れるための上等な応接室で、調度品の類も拘った部屋だ。
「改めて…儂はマリガネル・ミネラサールだ。この度は突然の呼び掛けに応えてくれて感謝いたす」
「俺がパーティー妖精の首飾りのリーダーであるバルハルト・ルドクシアです」
応接室で向かい合った俺たちに、ミネラサール伯爵は自己紹介をしながら手を差し出してきた。そのため、俺も名乗りながら自分の手を差し出し、伯爵と握手を交わす。…彼の手は皮が厚く力強いため、知らずに握ったのであれば貴人の手とは思わないであろう。
そんな彼の手の感触を面白く感じていたが、一向に手が離される気配が無い。俺は窺うようにミネラサール伯爵の顔を覗いてみれば、彼はじっと俺の顔を見詰めている。
「…あの…?」
「…姫様?…ッ!?いや、すまんすまん!知り合いに随分似ていたものでな!まじまじと見詰めてしもうた!」
俺が声を掛けると、ミネラサール伯爵は慌てて握手していた手を離した。そして男同士で長く手を繋いでいたことを誤魔化すように、いやに早口で言い訳を述べ始める。
「知り合いですか…?」
「あ、ああ。世話になった彫金師にそっくりでの。男のそなたに似ているというと失礼かもしれんが、可憐な美貌の彫金師での。…んん?ルドクシア?」
何かに気が付いたのか、ミネラサール伯爵はロケットペンダントを取り出すと、そこに描かれた小さな姿絵と俺の姿を何度も見比べた。…その姿絵にはどういう訳か、俺の父親が描かれていた。
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