第309話 致命的な見落とし
◇致命的な見落とし◇
「一体これは何の騒ぎでしょうか?」
騒いでいた狩人達に水を差すように、ギルドの入り口から声が掛かる。声を発したのは正装に身を包んだ背の高い男で、捕り物で荒れた狩人ギルドの室内を怪訝な顔で見渡している。追加で現れたセレビジア子爵の配下かとも思ったが、彼はメルルに捕獲されたセレビジア子爵を目に治めても、眉をひそめるばかりで俺らの説明を待っている。
「どうしたんだ?早よぅ中に入らんのか?」
「…マリガネル様。お待ち下さい。なにやらトラブルがあったようです」
彼が何者かの判別が付く前に、更に彼の背後から追加の人物が登場する。低い背丈にビール樽のような体形、モノクルを付けた妙に愛嬌のある好々爺だ。事前に聞いていたマリガネル・ミネラサール伯爵との情報と一致する。従僕か執事かは分からないが、最初に訪れた付き人の男がマリガネル様と呼んだため間違いは無いだろう。…まだ時間前だというのに、彼も早めにギルドを尋ねてきたらしい。
縛り付けた私兵の処置をするために忙しなく動いていたギルド員が、より慌てるようにしてその二人の前に出る。どのみち領主である彼の耳にはこの件について報告がいくであろうが、もう少し体裁を整えた状態で報告したかったのだろう。
もちろん、俺もその方針には賛成だ。まだ、ミネラサール伯爵とセレビジア子爵がどのような関係性か読みきれていない。だからこそ手早く制圧したのだが、思いのほか制限時間が短かったらしい。
「…ハルト様。ここはこの者を試金石と致しましょう。このネムラでは馴染みの手法ですわ」
どうするか逡巡した俺にメルルがそう声を掛けると、水の触手で拘束していたセレビジア子爵をミネラサール伯爵の前に突き出した。…確かに彼女の言うとおり、この街では試金石がよく使われているだろうが、それは本物の試金石だ。彼女は金を判別するために試金石を用いるように、セレビジア子爵との問題を彼がどう判断するかで、ミネラサール伯爵の人となりを読もうとしているのだ。
「ミネラサール伯爵が現れた瞬間、セレビジア子爵の顔に焦りの色が出ましたわ。…何かしら伯爵に対して後暗いところがあるのか、あるいは伯爵が部下の失敗を許さぬような苛烈な人なのか…。恐らくは前者でしょう。宝石の行き先がすれ違っていたのも説明が付きますわ…」
メルルがそう言って心配は要らないとウィンクしてみせる。一応は諜報を家業とする家の令嬢らしく、彼女は人を見る目がある。彼女が問題ないと判断したのならば、それは信頼の置ける評価だ。
水の触手によって人間が差し出されるという状況に、付き人の男が守るようにミネラサール伯爵の前に手を翳すが、ミネラサール伯爵は気にせず一歩前に出て顎に手を当てながらセレビジア子爵の顔を確認する。
「…セレビジア。なぜお前さんがこんなとこに居るんじゃ?それもそんな状態で…」
不思議そうな、それで居て心配するような顔付きでミネラサール伯爵は尋ねかける。その質問はセレビジア子爵だけに向けられた者ではなく、狩人ギルド内にいる全員に語りかけているようであった。
メルルはその質問に答えさせるためにセレビジア子爵の水の拘束を解いてみせる。口を覆う水のベールが無くなると、セレビジア子爵は四つん這いになって激しく咳き込んだ後、縋るようにしてミネラサール伯爵に向き直って見せた。
「…マリガネル様!この者達が買取所を無視した違法な宝石の納品をしたため、それを咎めたところ逆上して襲ってきたのです!これは重大な反逆行為ですぞ!どうか警邏の者達をお貸し下さい!」
俺らの方を指差しながら、セレビジア子爵が息を荒げながらそう叫んだ。その言葉を聞いたミネラサール伯爵は探るようにして俺らの方を見詰めている。
「…今、セレビジアが語ったことについて、そなたたちからは何か弁明はあるか?」
愛嬌のある顔付きだが、モノクルの向こう側では意外にも鋭い目がこちらを覗いている。傍らの付き人も、何ができても対処できるように警戒して周囲を窺っている。
「違法と申されますが、当方には心当たりないこと。それを説明したところ、抜刀されたため取り押さえました」
「何が心当たりが無いだ!先日も死人だかなんだかの遺品と称して買取所を抜けたことをこの者が確認している!」
「…狩人ギルドから報告させていただきますが、彼らが受注した依頼は正規のものであり、買取所ではなくギルドに納品したことも規則的には問題ありません」
俺が状況を説明してもセレビジア子爵が納得しないように騒ぐが、重ねるように狩人ギルドの職員が俺らの正当性を説明してくれる。そしてギルドの職員は納品済みと判の押された依頼証をミネラサール伯爵に差し出した。
「そんな依頼が発注されているのが問題なのだろう!そんなものがまかり通れば買取所の意味がないではないか!」
セレビジア子爵がミネラサール伯爵に渡された依頼表を脇から覗きながら声を荒げた。だが、その台詞を聞いたことで彼が依頼について性格に把握していないことが判明した。そういえば、買取所の男が依頼書を確認したのはほんの僅かな時間であるため、依頼者の名前を見ていない可能性は十分にある。また、依頼内容について事前に確認をしていればミネラサール伯爵が依頼者であるこの依頼にそんな文句をつけることは無いだろう。
「…この依頼に文句をつけておったのか?儂も確認したが何も問題はないはずだぞ?」
ミネラサール伯爵は依頼書をセレビジア子爵の眼前に掲げてみせると、依頼者の欄にある自分の名前を指差して見せた。…やはり、具体的な内容は知っていなかったようで、セレビジア子爵は目を見開いて絶句している。
「…第一、なぜそのような者達を引き連れておる。私兵を引き連れての尋問なぞ、捜査権の無いそなたには許されていないだろう」
「そ、それは…、狩人が相手と言うことで念のための警護として同行させたのです。それに…、警邏に任せると罪になる可能性があったため、まずは私が穏便に済まそうと交渉に来たわけでして…」
しどろもどろになりながらセレビジア子爵は弁明をする。しかし、その言葉を聞いて狩人ギルドの職員が異議があると言いたげにミネラサール伯爵に挙手して見せた。
「…なんぞあるのか?」
「狩人ギルドの証言としましては、セレビジア子爵は仔細を確認する事無く罰則と宝石の変換を言い付け、更には弁明をした彼らに対して有無を言わさず強引な手段に出たことを証言いたします」
その証言を聞くと、ミネラサール伯爵は目頭に指をあて大きくため息を吐く。そして、哀れみに満ちた視線でセレビジア子爵を静かに見詰めていた。
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